イスラエル・イラン戦争の本質――世の終わりまで続く霊的戦い

霊的戦い
イスラエル・イラン戦争の本質
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イランは47年間にわたってイスラエル殲滅を公言し、弾道ミサイルや核兵器開発を続けてきました。また、ハマス・ヒズボラ・フーシ派など傀儡組織を動かして、イスラエルにテロ攻撃やロケット弾攻撃を仕掛けてきました。
一方で、イランではこの数十年間、膨大な数のイスラム教徒たちがクリスチャンとなり、イスラエルを愛し、イスラエル支持を表明しています。

この記事では、イスラム教の教理とイランの歴史から、この戦いの背後にある霊的要因と本質について考察し、聖書からイランに対する神の御心を探ります。

1.イランがイスラエルを滅ぼそうとする宗教的背景

イスラム教にはスンニ派やシーア派などいくつかの宗派がありますが、いずれも聖書の教えに反対し、イスラエル民族とクリスチャンの存在を否定します。イランは、シーア派の12イマーム派信仰に基づく神権政治、政教一致国家で、スンニ派国家とも対立しています。

① イスラム教における契約の民とイエスの人物像

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教とも唯一の創造主を信じる一神教で、啓示宗教です。聖書を知らない人々は、これら3宗教は同じ神を信じていると考えますが、イスラム教は完全にアンチ聖書宗教です。

ユダヤ教の神はヤハゥエ、聖典は旧約聖書、神はイサクの子孫・イスラエル民族と契約を結び、救い主はユダ族から生まれると信じています。そして、その救い主(メシア)がもたらす神の国を相続することが、ユダヤ教信仰の目的です。彼らがモーセの律法を忠実に守ろうとするのはそのためです。

キリスト教はその救い主がナザレのイエスであり、イエスを信じる信仰によって異邦民族も契約の民に加えられ、同じ約束を受けると信じています。新約聖書には、イエスの生涯と教え、宣教拡大と妨害、神の国到来に至るまでの終末の出来事について記されています。

イスラム教の神はアッラー、聖典はコーランです。そして旧約聖書と福音書の一部を取り入れつつ、神はイシュマエルの子孫であるアラブ民族と契約を結び、救い主もアラブ民族から出るとしています。

キリスト教のイエス神(ヤハゥエ)のことば神の子であり、100%神、かつ100%人であると説明されます。またキリスト教の神は、父なる神・子なる神・聖霊なる神の三位一体であるとされています。

イスラム教では、イーサー(イエス)はマルヤム(マリア)の子、神の子ではなく人間です。彼は神(アッラー)の使徒、神がマルヤムに伝えた言葉、アッラーからのとされています。そしてイーサーはアブラハムや旧約時代の預言者たちと同様に預言者の一人であり、ムハンマドの先駆者とされます。

さらに、イーサーはイスラム教徒で、ユダヤ人から殺されそうになったが、十字架にはかからず(イスカリオテのユダが身代わりになったなどの説あり)、生きたまま天に昇ったとされます。一方で、ユダヤ人に殺された最初のパレスチナ人殉教者であると主張されることもあります。

イスラム教の絶対性を主張するために以下のような説明もあります。

・最初に神(アッラー)は、真の神と神の教えを伝えさせるためにイサクの子孫(ユダヤ民族)を選び、モーセにトーラーを与えたが、ユダヤ人はユダヤ教という偽宗教を作り、広めてしまった。

・次に神はユダヤ人の中からマルヤムの子イーサーを預言者として遣わし、イスラエル民族を正そうとした。しかしイーサーは自分を神の子とする偽宗教(キリスト教)を広めたので、神はイーサーを十字架刑で殺した。イーサーは天で神の子と自称した罪を悔い改めた。

・神はイサクの子孫(イスラエル民族)を見捨て、イシュマエルの子孫(アラブ民族)を選んだ。最後の預言者ムハンマドは天使ジブリール(ガブリエル)から啓示を受け、真の神(アッラー)と真の聖典(コーラン)を伝えた。

このように、イスラム教は聖書の教えを改変した、似て非なる教えであり、反聖書宗教です。

② イスラム教の終末論と救い主

・キリスト教の預言では、世の終わりに偽キリスト(獣)が現れて自分を神とし、獣を礼拝しない者(ユダヤ教徒、キリスト教徒)を迫害し、殺害します。最終的にイエスが天から来られて獣を滅ぼし、死んでいた信者たちをよみがえらせ、神の国を相続させます。

・イスラム教では終わりの時代に偽キリストが現れてイエスと名乗り、自分を神と宣言し、人々を惑わすとされています。イーサーは2人の御使いに支えられて天からダマスカスに降って来て、それからエルサレムで礼拝し、マフディー(導かれた者、救い主)として偽キリストを滅ぼします。そしてアッラーを信じない者たち(ユダヤ教徒、キリスト教徒)を悔い改めさせます。

イスラム教ではマフディーは何人かいて、イーサーの後に最後のマフディーが来て、世界を救います。最終的に、アッラーに帰依しない者は殺され、イスラム教はユダヤ教とキリスト教を駆逐し、イスラムの正義が確立します。

イスラム教は、失敗したユダヤ教とキリスト教に替わり、真の神と真の教えを説くために与えられた最後の啓示宗教であると主張します。そのため、ユダヤ教徒やキリスト教徒の存在は許されず、どんな宗教も消滅しなければなりません。イスラム教徒の使命は、全人類にアッラーを信仰させ、世界にイスラム共同体を広げることなのです。

そのために彼らはジハード(聖戦)を行い、悔い改めない外敵(異教徒)を取り除きます。コーランの中で明確に天国が約束されているのは殉教者、アッラーのための戦いで殺し、また殺される者です。もし他宗教の民が強く、イスラム教徒たちが殉教しても、マフディー来臨によってイスラム教徒たちは救われます。

それゆえ、過激な原理主義者の思想では、マフディー到来を早めるためには手段を選ばず、核兵器を使用することも選択肢の一つです。核戦争によって世界が破滅を迎えたとしても、マフディーが完全なイスラム世界をもたらし、世界平和が達成されると信じているのです。このような背景があるので、米国とイスラエルはイランの核開発に強硬に対抗しているのです。

現実の戦いは、霊的世界の戦いが反映したものです。最後に現れる救い主はイエスかイーサーか、聖書とコーランのどちらが正しいのか、イエスの王国が実現するのか、全世界イスラム化が実現するのか。戦いは世の終わりまで続きます。

イスラム教は聖書の教えと完全に敵対します。「ユダヤ・キリスト教的世界観」と「イスラム教的世界観」が歩み寄ることはありません。聖書の神と聖書の教えに反抗する闇の霊が、イスラム教徒たちの目を閉ざし、真理を覆い隠しているのです。

 

2.イラン・イスラム強硬政権

 イランの正式名はイラン・イスラム共和国ですが、1935年まで国名はペルシアでした。

① イスラエル民族と古代ペルシアの関係

 アケメネス朝ペルシア(BC550頃~BC330年)時代、ペルシアはユダヤ民族に友好的で、イスラエルの神のご計画に用いられました。

・BC539 キュロス2世がバビロンを征服し、捕囚のユダヤ人をエルサレムに帰還させる
・BC536~516 キュロス2世の命令で神殿再建を開始、ダレイオス1世の時代に完成する

・BC478 クセルクセス1世の統治 エステルがペルシアの王妃となる
・BC473 アガク人ハマンによるユダヤ民族滅亡計画
 真の神を礼拝し、人間や偶像を拝まないユダヤ民族に対する怒り神に敵対する悪魔の怒り)がハマンを通して露わにされたが、王妃エステルの断食・嘆願とモルデカイの指揮で計画を阻止し、ユダヤ人が逆転勝利、プリムの祭りを制定(エステル記)

・BC457 祭司エズラアルタクセルクセス1世の支援を受けて帰還し、霊的刷新を行う
・BC445 ネヘミヤアルタクセルクセス1世の好意でエルサレムに帰還し、城壁を再建する

この時代のペルシアの王たちは親イスラエルで、捕囚となったユダ民族を帰還させ、資金と保護を与えて神殿と城壁を再建させ、聖書信仰の復興にも協力的でした。また、ユダヤ人殲滅を謀ったハマンを滅ぼし、ユダヤ民族が敵と戦って生き延びることを喜びました。ペルシア民族はイスラエルの敵ではなかったのです。  

② 12イマーム派のイラン

現代のイランは、宗教指導者が国家の全権を握る神権国家です。

イランの人口は9100万~9300万人と推測されています。ペルシア民族が多数派を占め、公用語はペルシア語で、文化的にはペルシア文化の国です。アケメネス朝ペルシア帝国の後は、ササン朝ペルシアなどいくつか王朝が続きました。

宗教的にはイスラム教シーア派が95%と発表されていますが、実際は人口の半分程度のようです。クリスチャン人口は100万人以上(アルメニア人教会、アッシリア人教会、イラン人地下教会)と推定され、小規模なユダヤ人コミュニティーもあります。

1501サファヴィー朝12イマーム派を国教とし、統治の手段としました。

イマームとは神と人を結びつける精神的指導者で、アッラーの言葉を理解し、誤りや罪を犯すことがなく、ムハンマドを通じて神から特別の知識が与えられるとされています。12イマーム派では、ムハンマドが指名した後継者である(と彼らが信じる)アリーとその子孫が継承し、12代目のイマームは隠れた状態で生き続け、最後の審判の前に、最後のマフディーとして、天使の軍隊の先頭に立ち、シーア派の人々を率いて光の中に現れると信じられています。そして不正と圧政に満ちた世界を正し、真のイマームとしてイスラムの正義を実現すると言われています。

1925パフラヴィ―(パーレビ)朝が国家を統一し、1935年イランという国名に変更しました。「イラン」とはペルシア語で「アーリア人(中央アジア、インドーヨーロッパ語族系の人)の国」という意味です。

③ イラン・イスラム革命、イスラム法による統治

 パフラヴィ―朝はメッカ巡礼を禁止し、農地改革、識字率向上、婦人参政権、国営企業の民営化などに取り組み、洋服着用などの欧米化と世俗化を進めようとしました。

それに反発した12イマーム派は、1979年ルーホッラ・ホメイニ師を中心にイラン・イスラム革命を起こし、国名をイラン・イスラム共和国に変更しました。パーレビ国王が追放され(王朝の終焉)、共産主義、社会主義、自由主義、キリスト教、穏健派イスラム主義も排除され、指導者たちが処刑されました。

イラン革命以降、イランの国内政治も国際政治も、マフディーの再臨を準備し、待望するという終末論的思想によって運営されています。

初代の最高指導者ホメイニ師が権力を掌握し、イスラム法学者による統治体制が成立しました。憲法では三権分立が規定され、大統領を選出し(行政権)、国民議会が開かれます(立法権)が、実際は、国家の最高指導者であるイスラム法学者が全権を掌握し、宗教法により統治する独裁的・権威主義的国家です。

1989年からはアリー・ハメネイ師が長期独裁体制を築いてきました。

イランはイスラム原理主義の体制維持とイデオロギー浸透のため、国民の生活よりも軍備増強を最優先し、47年間、恐怖政治で国民を抑圧してきました。国民は、抑圧からの解放と自由を求め、民主化要求デモや政権抗議デモを起こしましたが(2009,2010、2022など)、その都度、弾圧、逮捕、処刑、鎮圧がくり返されました。

2025年12月、経済制裁と軍備増強の中、物価高騰・失業者増加で民衆の生活が崩壊し、政権に対する不満と自由・解放への欲求が極限に達し、国民の未来を築くための最後のチャンスとして、全国的に大規模な抗議デモが実施されました。政権側はインターネットを遮断して武力弾圧を行い、2026年1月8日と9日の2日間で4万人が殺され、数十万人が負傷したと言われています。現在も逮捕者の処刑が続いています。

イラン国民は現政権打倒(武力による体制転覆)のために米国に助けを叫び求め、それに応じる形で2026年2月末、米国の「壮絶な怒り作戦」とイスラエルの「吠えたけるライオン作戦」が実施されました。

④ イスラムによる世界統一イデオロギー

 12イマーム派の終末論によると、マフディー再臨の条件はイスラム教とアッラー信仰による世界統一です。イラン・イスラム共和国の存在目的は、国名が示す通り、全世界のイスラム化です。それが国家の使命であり、アイデンティティーです。

1948年、かつてイスラム教が支配していた地域にユダヤ教国家イスラエルが再建国しました。イスラエルの存在は「西洋の侵略」「宗教的侮辱」であり、世界イスラム化を逆行させる悪魔の仕業であると理解されています。彼らはイスラエルを支援する西側の大国である米国を大悪魔、イスラエルを小悪魔と呼び、両国を滅ぼすことを目指しています。

彼らにとって、イスラエル殲滅こそが終末への道備えです。ユダヤ教国は滅亡させなければならず、イランは「イスラエルに死を!」と叫び続けています。

またイランは自らを「全世界のイスラム社会とエルサレムの守護者、中東の警察」と自認し、​イスラエルに占拠されたパレスチナ(イスラエル国の領土)とアル・クッズ(エルサレム)を解放すると宣言しています。

穏健なスンニ派国家は、イスラエルとアブラハム合意を結び、経済協力を進めています。イランにとっては彼らの信仰は容認できないものでしょう。

イラン現政権は、世界イスラム化のリーダーとして穏健派の人々を覚醒させ、全イスラム世界の支配者としてイスラエルを殲滅し、核戦争で終末とマフディー来臨を早めようとしています。核兵器は、ユダヤ人とユダヤ教国家を滅ぼし、世界的危機を作り出してマフディーの再臨を促すための「神聖な手段」です。イランは国防や抑止力のためではなく、実戦使用のために核兵器を開発しているのです。

このように、イランとイスラエルの対立は、話し合えば理解できる、お互いの信仰を尊重し合えば共存できる、というレベルの宗教対立ではありません。そして12イマーム派の終末論とイデオロギーは世の終わりまで変わることがありません。

⑤ テロとイスラム革命の輸出

イランは、世界イスラム化のためにテロとイスラム革命を世界に輸出する世界最大のテロ支援国家」に指定されています。

イランには王制時代から国軍がありますが、初代の最高指導者ホメイニ師は「イスラム革命の輸出」を掲げ、最高指導者直轄の軍事組織イスラム革命防衛隊(民兵)を創設しました。革命防衛隊は兵員約20万人、イラン31州にあり、シリアとイラクにも支部を置いています。

革命防衛隊は軍隊だけでなく政党や企業を持ち、国内の政治・経済・国家運営の全てを掌握しています。その権力と経済力で、国外のテロ組織に資金や武器を供与し、戦闘員を訓練してイスラエル抹殺のために代理戦争をさせてきました。イランからの資金と武器を、シリアとレバノンの革命防衛隊経由で、ハマス(ガザ地区)、ヒズボラ(レバノン)、フーシ派(イエメン)、イスラム聖戦などの傀儡組織に運び、イスラエルを攻撃させているのです。

イスラエルはシリアの首都ダマスカスにある革命防衛隊の拠点や武器庫を攻撃し、レバノン南部のヒズボラ拠点を破壊し、緩衝地帯を作って駐留・監視しています。世界からは侵略戦争と非難されますが、国連レバノン暫定軍が機能せず、ヒズボラが拠点や地下トンネルを構築し、民家を盾にして(ハマスのガザ支配と同じ)20万発のロケット弾やドローンでイスラエルを攻撃し続けたのです。

イランからはイスラエルに向けて、2024年4月に300発と10月に200発の弾道ミサイル攻撃がありました。イスラエルはイランの防空システムを破壊し、2025年6月、イスラエルと米国がイラン核施設3か所を攻撃しました(12日間戦争)。

2026年の米国とイスラエルによる大規模な軍事攻撃は、イラン・イスラム政権の47年間にわたる脅威と攻撃に対する戦争です。目的は3つ、イランの核兵器開発を阻止する、弾道ミサイルの脅威を取り除く、代理テロ組織への軍事資金を絶つことです。

アリー・ハメネイ師の暗殺後は、モジタバ・ハメネイ師が最高指導者を引き継ぎましたが、実際は革命防衛隊が実権を握っていると推測されています。革命防衛隊の下部組織バシジ(準軍事組織)には約100万人が所属し、民衆を監視し、政権に反対する人々を弾圧しています。

イランは12歳以上を志願兵として募集し、兵士のために盾となって命を捧げる子どもたち(身体を呈して地雷を除去するなど)が続々と集まっています。また、イラクからシーア派民兵を大量動員し、反体制派に対する検閲、強制捜査、死刑執行を担わせています。

 ホルムズ海峡閉鎖によって原油高騰、経済悪化に直面する諸国は、イランを攻撃した米国とイスラエルを非難しがちです。しかし、イスラム革命の輸出は、全世界にとってはるかに悪い結果をもたらすでしょう。クリスチャンは棄教か死かを迫られ、殉教することになるかもしれません。まだ救い主を知らない人々にとっては、永遠のいのちを失うことになるかもしれないのです。

真の神の視点では、キリスト教とイスラム教の平和共存、あらゆる宗教の統合統一はありえません(それは偽キリストがもたらすでしょう)。
クリスチャンに必要なことは、
・からだを殺してもたましいを殺すことのできない者達を恐れるのではなく、からだもたましいもともにゲヘナの火で滅ぼすことのできる方を恐れること
・いつでも自分の信仰を明確に表明できるように準備しておくこと
・聖霊の知恵によって語るべきことをはっきりと語ること です。

 3.イランのキリスト教と終末

米国もイスラエルも、イラン国民と戦っているわけではありません。聖書の神と神のご計画に反対する12イマーム派の強硬イスラム政権と戦っているのです。ユダヤ人もイラン人も、すべての人は聖書の真理に目が開かれ、真の救い主を知ることが必要です。そして今、この困難な状況で、イランの人々が救われ続けています。

① イランのキリスト教

ペルシアに最初に福音を伝えた使徒は、トマスであったと言われています。

使徒2章で、ペンテコステの日にエルサレムに集まったユダヤ人の出身地の中に、パルティア、メディア、エラムというペルシアの3つの地名があります。この日、福音を聞いたユダヤ人たちは、ペルシア地域に神の大いなる御業(キリストの死と復活による罪の赦し)を伝え、キリスト教会の基礎を築いたことでしょう。

ペルシアの国教はゾロアスター教だったので、4世紀~5世紀にかけてクリスチャン迫害が続き、数十万人が殺害されたと言われていますが、ペルシアにはイスラム教より先にキリスト教が定着し、ネストリウス派やアッシリア東方教会、アルメニア人教会などの信仰共同体が発展して、AD600年頃まで栄えていたようです。

664年にササン朝がアラブ人イスラム勢力によって征服されてからは、クリスチャンは人頭税を支払うことで信仰が許されました。下級市民ではありましたが、イスラム革命以前、ユダヤ教徒やキリスト教徒には、文化的・宗教的自由が認められていたようです。

イスラム革命が始まり、非イスラム教徒は強硬政権下で迫害されました。聖公会の司祭が殺され、教会関係の病院や学校が没収され、出版物による伝道活動は制限され、牧師たちが殺害されました。アルメニア使徒教会とアッシリア東方教会は公式に認められていますが、アルメニア人やアッシリア人クリスチャンの大半が国外に逃れ、当時のクリスチャン人口は500人程しか残らなかったようです。

イスラム教徒の子どもは生まれながらにイスラム教徒とされ、キリスト教への改宗は法律で禁じられています。イラン人は金曜礼拝出席や断食やベール着用により監視され、革命防衛隊による逮捕監禁、拷問、殺害も行われます。宗教的理由によるクリスチャンの解雇や大学への入学拒否など、社会的制裁もあります。

そのような12イマーム派信仰に基づく独裁的統治や弾圧の下で、イラン人たちが真の救いを求めてキリスト信仰に至り、2008年にはシーア派イスラム教徒からキリストを信じたイラン人は100万人以上となりました。

救いと迫害・殉教が繰り返され、現在もイランには100万人以上のクリスチャンがいます。イラン人は地下教会で活動し、家の教会で礼拝を守り、「イエス革命」として伝道しています。夢や幻や映画ジーザスを通してイエスに出会う体験をして、自ら教会を訪れ、信仰を持つイラン人も多くいます。

イランの一般人がイスラエルとユダヤ人を憎み、滅ぼしたいと考えているわけではありません。彼らも強硬イスラム政権の被害者です。海外逃亡したイラン人クリスチャンの中には、公にSNSでイスラエル支持を表明する人々もいます。

② イスラエルに敵対する勢力との戦争終結

聖書には、終末のイランに対する預言がいくつかあります。

・エゼキエル38:5に、マゴグのゴグと共にイスラエルを攻撃する国々の中にペルシアがあります。イランは世の終わりまでイスラエルを滅ぼすことをあきらめません。

・エゼキエル32:22~26には、アッシリアの墓の周りに、メシェクトバルエラムの軍勢の墓もあります。アッシリアは北イスラエルを滅ぼした国です。メシェクとトバルはゴグと行動を共にする国です。

ノアの息子セムの長男エラムが定住したイラン高原周辺地域がエラムで、BC3200頃~BC539頃、現在のイラン南西部(フーゼスターン州、ペルシャ湾岸)に古代オリエント王国エラムがあり、強力な軍事力を誇っていました。アブラハムの時代、エラムの王ケドルラオメルがソドムとゴモラを攻撃し、ロトを捕虜にしたことが記録されています。
エラムとペルシアは同じ反イスラエルの霊に動かされているのです。

・エレミヤ49:34~39には、エラムに対する裁きと終わりの日の回復が預言されています。現在のペルシアはイスラエルを殲滅させようとする霊的力が強く働いていますが、救われる人々も多く起こされています。主はイスラエルを通して神の国のために人々を振り分けておられます。

私たちクリスチャンにできることは、イスラエル民族とペルシア民族双方の信仰の目が開かれて、真理を悟ることができるように、神の哀れみと神ご自身の働きを祈り求め、もしチャンスがあるなら福音を語ることです。預言的視点から世界情勢を見張り、時代の霊に流されず、イエスの愛が彼らの心に触れて下さるように祈り、クリスチャンとなった人々が、平和の君イエスによって敵をも愛することができるようにとりなし続けることです。

イザヤ35:3~10
弱った手を強め、よろめく膝をしっかりさせよ。心騒ぐ者たちに言え。「強くあれ。恐れるな。見よ。あなたがたの神が、復讐が、神の報いがやって来る。神は来て、あなたがたを救われる。」

そのとき、目の見えない者の目は開かれ、耳の聞こえない者の耳は開けられる。そのとき、足の萎えた者は鹿のように飛び跳ね、口のきけない者の舌は喜び歌う。荒野に水が湧き出し、荒れ地に川が流れるからだ。

焼けた地は沢となり、潤いのない地は水の湧くところとなり、ジャッカルが伏したねぐらは葦やパピルスの茂みとなる。そこに大路があり、その道は「聖なる道」と呼ばれる。汚れた者はそこを通れない。これは、その道を行く者たちのもの。・・・贖われ者たちだけがそこを歩む。

主に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンに入り、その頭にはとこしえの喜びを戴く。楽しみと喜びがついて来て、悲しみと嘆きは逃げ去る。

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