再臨と終末(2)再臨についてのたとえ話①「王の帰還」:待ち望む者への報酬と拒絶する者への裁き 

終末論
キリスト再臨
この記事は約15分で読めます。

前回はテサロニケ人への手紙を中心に、主が来られ、クリスチャンが主のもとに集められることについて学び、信者の携挙と主の地上再臨は7年間の艱難時代の終わり頃に起こる事を確認しました。

今回は、主の再臨時の流れをさらに詳しく理解するために、たとえ話と黙示録の預言を合わせて学んでいきます。

1.信者の救いと不信者の裁き

① 前回の復習

初めに、前回学んだことを復習します。

イエス様の再臨前にはまず背教が起こり、不法の人(滅びの子)が現れて、偽りの力、しるし、不思議によって多くの人を惑わします。そして神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言し、自分に従わないクリスチャンたちを迫害し、苦しめるようになります(Ⅱテサロニケ2:1~12)。

主イエスは、御使いのかしらの声と神のラッパの響きのうちに(Ⅰテサロニケ4:16)、炎の中に力ある御使いたちを従えて天から現れ(Ⅱテサロニケ1:7)、大きなラッパの響きとともに御使いを遣わします(マタイ24:31)。終わりのラッパが鳴ると、死んでいた信者が復活し、生きている信者も身体が変えられ、一緒に雲の中に引き上げられ(Iコリント15:50 ~53、Ⅰテサロニケ4:17)、御使いによって四方から主のもとに集められ(マルコ13:26~27)、主とお会いします。

こうして、迫害され、苦しめられていたクリスチャンは救い出されて安息に入ります。
神を知らない人々や、主イエスの福音に従わない人々は主に報復され、永遠の滅びの刑罰を受けます(Ⅱテサロニケ1:7~9)。
そして不法の人は主の来臨の輝きによって滅ぼされてしまいます(Ⅱテサロニケ2:8)。

世界の創造者、支配者であるイエス様が再臨し、全地の王となられる時、神を信じない者や神に反抗する者、悪を行う者たちは御国に入ることができません。神を愛し、神を畏れ、神の支配に服する者だけが、真の平和が実現した新しい世界で、永遠に神と共に生きることができるのです。

② 黙示録11章に記されている主の御怒りの日

信者に報いが与えられ、不信者に報復される日のことについては、黙示録11章にも書かれています。

艱難時代後半になると、神から遣わされた二人の預言者が、エルサレムで1260日の間、預言をします。彼らに害を加えようとする者がいると、口から火が出て滅ぼしてしまいます(黙示録11:5)。定められた期間が終わると、底知れぬ所から上って来る獣によって預言者たちは殺されます(11:7)。人々が喜んで死体を眺めていると、3日半の後、神から出たいのちの息が二人の預言者に入り、二人は立ち上がり、敵の見ている前で雲に乗って天に上ります(11:11~12)。

そして大地震が起こり(11:13)、第7のラッパが吹き鳴らされます。

黙示録11:15~19
 第七の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、天に大きな声々が起こって言った。
「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」
それから、神の御前で自分たちの座に着いている二十四人の長老たちも、地にひれ伏し、神を礼拝して、言った。「万物の支配者、今いまし、昔います神である主。あなたが、その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します。諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りの日が来ました。死者のさばかれる時あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たち報いの与えられる時地を滅ぼす者ども滅ぼされる時です。」

・殺された二人の預言者がよみがえって、敵の見ている前で天に上ります。
・大地震が起こり、第7のラッパが吹き鳴らされます。主が王となられ、御怒りの日が来ました。
死者のさばかれる時が来て、主のしもべである預言者たち、聖徒たち、御名を恐れかしこむ者たち報いが与えられ、地を滅ぼす者ども滅ぼされてしまいます。

「あなたが、その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します(11:17)」とあるように、イエス様の再臨とは「王として全世界を治めるために地上に帰還する」ことであると言えます。イエス様の再臨に反対する反キリストとその軍隊は滅ぼされてしまいます。

主が地上に裁きをもたらされる前に、神の民は不信仰な者たちと一緒に滅ぼされないように、空中に引き上げられます。ですから、携挙の理由の一つは、「地上に下る神の怒りから救い出される」ことであると言えます。

2.主の日についての「王の帰還」のたとえ話

 イエス様はご自分の再臨について、いくつかのたとえ話を用いて教えられました。
その一つがルカ19章にある「王の帰還」の物語で、「ミナのたとえ話」として知られているものです。王が帰還し、忠実なしもべたちに報いを与え、敵を滅ぼすというたとえ話です。

ルカ19:12~28
 それで、イエスはこう言われた。「ある身分の高い人が、遠い国に行った。王位を受けて帰るためであった。彼は自分の十人のしもべを呼んで、十ミナを与え、彼らに言った。『私が帰るまで、これで商売しなさい。』
しかし、その国民たちは、彼を憎んでいたので、あとから使いをやり、『この人に、私たちの王にはなってもらいたくありません』と言った。

さて、彼が王位を受けて帰って来たとき、金を与えておいたしもべたちがどんな商売をしたかを知ろうと思い、彼らを呼び出すように言いつけた。

さて、最初の者が現れて言った。『ご主人さま。あなたの一ミナで、十ミナをもうけました。』主人は彼に言った。『よくやった。良いしもべだ。あなたはほんの小さな事にも忠実だったから、十の町を支配する者になりなさい。』
二番目の者が来て言った。『ご主人さま。あなたの一ミナで、五ミナをもうけました。』主人はこの者にも言った。『あなたも五つの町を治めなさい。』

もうひとりが来て言った。『ご主人さま。さあ、ここにあなたの一ミナがございます。私はふろしきに包んでしまっておきました。あなたは計算の細かい、きびしい方ですから、恐ろしゅうございました。あなたはお預けにならなかったものをも取り立て、お蒔きにならなかったものをも刈り取る方ですから。』
主人はそのしもべに言った。『悪いしもべだ。私はあなたのことばによって、あなたをさばこう。あなたは、私が預けなかったものを取り立て、蒔かなかったものを刈り取るきびしい人間だと知っていた、というのか。だったら、なぜ私の金を銀行に預けておかなかったのか。そうすれば私は帰って来たときに、それを利息といっしょに受け取れたはずだ。』
そして、そばに立っていた者たちに言った。『その一ミナを彼から取り上げて、十ミナ持っている人にやりなさい。』

すると彼らは、『ご主人さま。その人は十ミナも持っています』と言った。
彼は言った。『あなたがたに言うが、だれでも持っている者は、さらに与えられ、持たない者からは、持っている物までも取り上げられるのです。ただ、私が王になるのを望まなかったこの敵どもは、みなここに連れて来て、私の目の前で殺してしまえ。』」

① 「王の帰還」のたとえ話の目的

イエス様がこの物語を語られた理由は、「イエスがエルサレムに近づいておられ、そのため人々は神の国がすぐにでも現れると思っていたからである(19:11)」と説明されています。

当時、エルサレムはローマ帝国の支配下にありました。民衆は、武力でローマを撃退し、ユダヤの独立を勝ち取る力強い王を求めており、イエス様がエルサレムに行かれるなら、約束された「ダビデの子」として王位に着かれると期待していました。

けれども、この時のイエス様は、十字架によって人類の罪を贖うために来られたのでした。イエス様の初臨の目的は、苦難のしもべとして、被造物であるご自分の民の身代わりに死なれることでした。

12節に、ある身分の高い人が遠い国に行き、王位を受けて帰って来るとあります。これは、イエス様が復活して天(遠い国)に帰られ、世の終わりに王として再び地上に戻って来られることを表しています。イエス様は、全世界に福音が伝えられた後で再臨されます。

復活と再臨の目的について、コリント人への手紙にこのようにあります。

Ⅰコリント15:23~26
 しかし、おのおのにその(復活の)順番があります。まず初穂であるキリスト、次にキリストの再臨のときキリストに属している者です。
それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、国を父なる神にお渡しになります。キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。
 最後の敵である死も滅ぼされます

イエス様の再臨の時、信者たちの復活が起こり、約束されていた永遠のいのちが実現します。そして主は、この世界を支配していた悪魔と、悪魔に従っていたこの世の権力者たちを滅ぼし、全世界の支配権を取り戻されます。永遠の神の御国が始まるのです。
イエス様は、全ての敵を足の下に置き、勝利者「ダビデの子」として、イスラエルだけでなく、全世界の王として国々を治めるために戻られるのです。

 イエス様は「王の帰還」のたとえ話で、ご自分がエルサレムですぐ王となるのではなく、死んで復活し、天に帰られ、また戻って来て、その後イスラエルの王となることを教えておられます。その時、人々はそれぞれの行いに応じて報いを受け取ることになります。
けれども、全世界のすべての人々が真の神を信じ、主の再臨を喜ぶわけではありません。主に敵対し、滅ぼされる者たちもいるのです。

② 忠実な良いしもべの受ける報い

「王の帰還」のたとえ話では、王が戻って来た時、報酬を受ける者と受けられない者、そして王に殺されてしまう者がいます。黙示録11章で見たように、主が王になられ、御怒りの時が来て、報いを与えられる者と滅ぼされてしまう者に分けられるのです。

たとえ話の中の身分の高い人は、10人のしもべに1ミナずつ預けて商売をさせ、帰って来た時に各自の働きに応じて報酬を与えます。報酬は、10ミナ儲けた人には10の町、5ミナ儲けた人には5つの町の支配権です。商売をしなかった人は1ミナを取り上げられてしまいます。

商売とは何でしょうか。

マタイ28:18~20
 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

世の終わりに主が帰って来られるまで、主のしもべ(クリスチャン)たちは全世界に出て行って、あらゆる国の人々に救い主と御国の福音を伝え、バプテスマを授け、教え、弟子とします。人生を通してキリストの証人として主の御心に従うこと、これが商売です。

そして、王が帰還されたなら、各自その働きに応じて報いを受け取ります。その報酬とは、イエス様が全地の王となられた時、しもべたちも王となって町々を治めることです。

創世記で神が人を造られた目的は、人に全地を支配させることでした。

創世記1:26、28
「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」・・・神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」

黙示録20章には、信仰を守り続け、勝利した者たちについてこのようにあります。

黙示録20:4~6
 また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行う権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の復活である。この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間となる。

この人々は不滅の栄光のからだに変えられ、新しいエルサレムに入り、いのちの木の実を食べることのできる人々です。そして、エルサレムの外にいる人々を治めます。メシア王国が始まると、忠実な良いしもべたちは復活し、国々、町々を支配する権威を受け、人々を正しく治め、また祭司として神の御前で仕えます。人間が造られた当初から与えられていた使命を果たすようになります。

「王の帰還」のたとえ話では、忠実に商売したしもべは町々を支配する権威を与えられます。黙示録20章では、最後まで主に従った殉教者たちは、生き返って裁きを行う権威が与えられ、メシア王国でキリストとともに王となり、また祭司となります。主が再臨されるなら、信者は復活して主から報いを受けるのです。

③ 王を拒絶する者に対する裁き

一方、たとえ話の国民たちの中には、その人を憎み、王となることを望まない者がいました。

ルカ19:14
 しかし、その国民たちは、彼を憎んでいたので、あとから使いをやり、『この人に、私たちの王にはなってもらいたくありません』と言った。

イエス様がこのたとえ話をされた時、当時のイスラエルの霊的指導者たちを指していました。当時のパリサイ人・律法学者・サドカイ人・祭司長たちは、イエス様をメシアと認めようとしませんでした。

律法学者たちは、聖書の預言をよく知り、民衆にメシアについて教える立場にありながら、イエス様を悪霊のかしら・ベルゼブルの力で奇跡を行う者、安息日の規則を破る罪人と非難し、イエス様を信じて神の国に入ろうとしている民衆をつまずかせていました。彼らは主を十字架に付けて殺し、復活さえ否定したのです。そして、イエス様をメシアと信じるユダヤ人たちを激しく迫害しました。

またサドカイ人たちは、神殿でいけにえを捧げ、神と民衆の仲介役として奉仕する立場にありながら、神を侮り、私利私欲のために民衆から搾取し、聖なる宮を強盗の巣窟にして汚していたのです。

イエス様はこのような宗教指導者たちに、主が再臨される時には、イエス様を憎み、福音を拒否し、民衆を迷わせる者たちには厳しい裁きがあると語られたのです。

にもかかわらず、イスラエルの霊的指導者たちがメシアを拒否した罪のため、その後エルサレム神殿はローマ軍によって破壊され、イスラエル国家は滅亡し、ユダヤ人たちは世界中に離散してしまいました。そしてイスラエル民族の子孫たちは、「キリスト殺し」としてクリスチャンから迫害されたり、キリスト教に強制改宗させられたり、十字軍やホロコーストによってヨーローッパのキリスト教国から苦しめられたりすることになりました。

そのため、ユダヤ人たちは長い間、キリスト教やイエスという名前に強い拒否感を抱いてきました。そして新約聖書を読むことを禁じ、イエス様とキリスト教に強く反対し、使徒たちの時代と同じように、イエス様を信じるユダヤ人を迫害してきました。当時のイスラエルの指導者たちがイエス様をメシアと認めなかっただけでなく、その後のユダは人たちも、長い間イエス様に敵対してきたのです。

一部のクリスチャンの罪によって、イスラエル民族がイエス様をメシアと受け入れず、憎んできたのはとても残念なことです。これはキリスト教会が悔い改めなければならない罪です。
それでも現代は、イスラエルとユダヤ人を愛するクリスチャンたちの多くの愛の行いを通して、イエス様と新約聖書に心を開くユダヤ人が増え、イエス様を「約束されたメシア」と信じるメシアニック・ジュ―が増加しています。これは、イエス様の再臨が近づいていることの一つの表れであると言われています。

ルカ19:27
ただ、私が王になるのを望まなかったこの敵どもは、みなここに連れて来て、私の目の前で殺してしまえ。

けれども世の終わりには、イエス様が王になるのを望まないもっと多くの敵どもが存在します。このたとえ話は、主が再臨される時、イエス様と聖書の神に反抗し、再臨に反対する者たちがいることを示しています。そのような人々は、王が帰って来た時、王の目の前で殺されてしまいます。

大艱難時代には「獣」と呼ばれる反キリストと偽預言者が現れ、人々を惑わし、国々の王たちと軍隊を率いてイエス様に戦いを挑むことが黙示録に書かれています。その理由は、主が再臨されて全地の王となって支配されることを悪魔が望まず、不信者を使って阻止しようとするからです。彼らは万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、ハルマゲドンと呼ばれる所(メギドの丘)に集まります(黙示録16:13~16)。

すると人類が始まって以来の大地震が起こり、エルサレムは三つに裂かれ、大きな雹が降ってきます(16:18~21)。そして、天が開かれ、イエス様が白い馬に乗って降りて来られます。

黙示録19:11~16
 また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。その方は血に染まった衣を着ていて、その名は「神のことば」と呼ばれた。天にある軍勢はまっ白な、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。
この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。その着物にも、ももにも、「王の王、主の主」という名が書かれていた。

天から下って来られたイエス様が、神の激しい怒りによって、敵の軍勢を滅ぼしてしまわれます。

黙示録19:19~21
 また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。すると、は捕らえられた。また、獣の前でしるしを行い、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕らえられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。残りの者たちも、馬に乗った方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。

獣と偽預言者は生きたまま火の池に投げ込まれます。

地上の王たちとその軍勢は、再臨されたイエス様の口から出る剣(神のことば)によって殺され、その死体は鳥たちに食べられてしまいます。
この人々は、千年後、死とハデスから出て来て、大きな白い御座の前で、自分の行いに応じて裁かれます。そして、いのちの書に名の記されていない者は、火の池に投げ込まれてしまいます。これが最終的裁きである第二の死です(黙示録20:11~15)。二度とよみがえることはありません。

 王の帰還のたとえ話では、帰ってきた王が「敵を私の目の前で殺してしまえ」と命じます。黙示録19章では、イエス様が世の終わりに再臨され、主に敵対し、主の再臨を阻止しようとする者(獣、偽預言者、地上の王たちとその軍勢)を滅ぼすことが記されています。
イエス様が全地の王となられることを嫌悪し、再臨を阻止しようと戦いを挑む者は、主に裁かれ、滅びの刑罰を受けるのです。

イエス様の語られた「王の帰還」のたとえ話と黙示録11章、19章、20章は、主の再臨神が報復される御怒りの時であることを教えています。悪魔に従い、神に反逆する者たちは滅ぼされ、忠実な主の民は復活して、それぞれ主から報いを頂くことになるのです。

コメント