聖霊に満ちたペテロ、ダビデの子イエスを証しする

使徒たちの福音宣教
ペテロとヨハネ、イエスの御名により、生まれつき歩けなかった男を癒やす
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約束の聖霊が注がれ、使徒たちを中心に福音宣教が始まりました。信者が増えて信仰共同体が拡大すると同時に、宗教指導者たちによる弾圧が始まりました。弟子たちは御名のために鞭打たれ、辱められても、喜びと情熱と力をもって、イエスがキリストであると証言することを止めませんでした。

聖霊降臨の日も、イエスの御名で男が癒やされた時も、法廷で尋問された時も、ペテロはイエスがメシアであることを解き明かしました。それを聞いた人々は、悔い改めて信じる者と拒絶し迫害する者とに分かれました。大宣教命令の最終ランナーである私たちは、福音をどのように伝えていくのか、初代教会の宣教から学びましょう。

1.聖霊を注いだイエスはダビデの子 

聖霊を受けた直後、ペテロは、預言されていたメシアはイエスであったと力強く証言しました。ペテロの最初のメッセージは、約束のメシアとはどのような方かを教えています。

聖霊の注ぎは終わりの日のしるし

五旬節の日に集まって祈っていた120人の弟子たちは、聖霊に満たされて他国の言葉で語り始めました。祭りのために周辺諸国からエルサレムに来ていた敬虔なユダヤ人たちや、改宗した異邦人たちが、物音を聞いて集まって来ます。そして、ガリラヤ出身の弟子たちがいろいろな国のことばで神の大きなみわざ語るのを聞いて驚きます。
弟子たちは習ったこともない外国語でイエスの死と復活を語り、イエスを信じる信仰によって罪が赦されると預言していたのでしょう。外国語のわからない地元のユダヤ人は、彼らはぶどう酒に酔っているのだろうとあざけりました。そこでペテロが立ち上がり、母国語で説明します。

使徒2:16~21
 これは、預言者ヨエルによって語られたことです。『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。それは、血と火と立ち上る煙である。主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』

ペテロはヨエル2:28~32を引用して、「私たちは酔っているのではなく、聖霊が注がれて預言していたのだ。すでに終わりの日が始まっている。まもなく天地に異変が起こり、主の大いなる輝かしい日が来る」と解説しました。

 終わりの日とは、堕落した人間の悪や不正や罪に満ちたこの世界を終わらせ、神の治める義と聖と祝福に満ちた新しい世界をもたらすために、神が被造世界に介入される一定期間のことです。最終的には、神に反抗して自己中心に生きる悪人・罪人は滅ぼされ、神を信じて悔い改め、義と認められた人々は永遠のいのちを得て、神の支配する新しい世界「神の国」に入ることができます。

 主の大いなる輝かしい日は、主の日その日、神の日キリストの日として何度も預言されています。神の子が栄光と共に天から降って来られ、不信者には神の怒りと裁きが下され、信者は復活して救いが完成します。

イエスがダビデの子である証拠

エデンの園でアダムが罪を犯して悪魔の支配下に陥った時、神は「女の子孫が蛇の頭を踏み砕く」と宣言され、将来、悪魔を滅ぼして人類を解放する救い主が現れることを約束されました。それ以来、神の人類救済計画が進められ、その子孫については、「アブラハムの子孫によってすべての民族を祝福する」「ダビデ王の子孫から救い主が生まれる」と預言者たちを通して語られていました。
イスラエル人たちは、このダビデ王の子孫を待ち望んでいたのです。

ペテロは詩編16:8~11110:1を引用して、イエスは約束されたダビデの子であり、やがて世界を裁き、王座に着かれる方であると解き明かしました。

使徒2:25~29
ダビデはこの方について、こう言っています。『私はいつも、自分の目の前に主を見ていた。主は、私が動かされないように、私の右におられるからである。それゆえ、私の心は楽しみ、私の舌は大いに喜んだ。さらに私の肉体も望みの中に安らう。
あなたは私のたましいをハデスに捨てて置かず、あなたの聖者が朽ち果てるのをお許しにならないからである。あなたは、私にいのちの道を知らせ、御顔を示して、私を喜びで満たしてくださる。』
兄弟たち。父祖ダビデについては、私はあなたがたに、確信をもって言うことができます。彼は死んで葬られ、その墓は今日まで私たちのところにあります。

詩編16:10でダビデは、「あなたは、私のたましいをよみに捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴をお見せにはなりません」と復活の希望を告白しました。そして救い主が現れ、自分をよみがえらせてくださることを期待しつつ、死んで墓に入り、朽ち果てました。

ところがペテロは、ダビデはイエスの復活について預言していたのだと言うのです。

使徒2:30~35
 「彼(ダビデ)は預言者でしたから、神が彼の子孫のひとりを彼の王位に着かせると誓って言われたことを知っていたのです。それで後のことを予見して、キリストの復活について、『彼はハデスに捨てて置かれず、その肉体は朽ち果てない』と語ったのです。神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。
ですから、神の右に上げられたイエスが、御父から約束された聖霊を受けて、今あなたがたが見聞きしているこの聖霊をお注ぎになったのです。ダビデは天に上ったわけではありません。彼は自分でこう言っています。『主は私の主に言われた。わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまではわたしの右の座に着いていなさい。』」

ペテロは、イエスは復活して天に上り、神の右の座に着いておられると断言します。詩編110篇の続きには、その方は御怒りの日に、王たちを打ち砕き、国々を裁くと預言されています。

ペテロは聖霊の啓示によって、イエスはダビデが預言したとおり、ただ一人死からよみがえり、今は天で神の右の座に着いておられる。このイエスこそ、御怒りの日に世を裁かれるダビデの子(=メシア)であると宣言し、民衆に悔い改めを迫りました。

「私たちに聖霊を注ぎ、諸国の言葉で神の御業を語らせた方は、あなたがたが十字架に付けて殺したこのイエスである。イエスは力あるわざと不思議としるしを行って、ご自分がメシアであることを示された。神はイエスを死から復活させ、救い主であることを証明された。私たちはその目撃者だ。
やがて御怒りの日が来る。悔い改めてイエスの御名によってバプテスマを受け、罪を赦していただきなさい。」

再臨と神の国を待ち望む信仰共同体

ペテロはさらに、主が召された人々には聖霊が与えられると語り、「この曲がった時代から救われなさい」と勧めました。

 この曲がった時代とは、悪と不法と汚れが蔓延した今の時代のことです。ダビデの子であるイエス様が天から戻って来られる時、悪魔の支配するこの時代に終止符が打たれ、新しい時代が始まります。

「ダビデの子イエスの死と復活、聖霊降臨によって終わりの日が始まっている。やがて主の大いなる輝かしい日が来てこの曲がった時代が終わり、主が再臨されて神の国が始まる。」

その日、ペテロの説教を聞いて心を刺された3000人が悔い改め、イエスの名によってバプテスマを受けました。

「主の再臨が間近、世の終わりが迫っている! 義人が復活し、神の国が始まる!」
使徒たちは毎日宮で教え、毎日救われる人が起こされました。信じた者たちは使徒たちの教えを堅く守り、心を一つにして宮に集まり、神を賛美し、主を証しし、祈り、再臨を待ち望みました。

五旬節の祭りのために外国から来ていた人々は、主がすぐに再臨されると期待してエルサレムに残りました。その人々のために、ユダヤに住む人々が財産を提供して支えあう信仰共同体が誕生し、家々でパンを裂き、交わり、喜びと真心を持って食事を共にしました。こうして信者の群れが拡大していったのです。

2.救い主イエスの御名による癒し

イエスの御名によって奇跡的な癒しが起こりました。
生まれつき足が不自由で一度も歩いたことのない男が、宮に入ろうとしていたペテロとヨハネを見て施しを求めました。ペテロが「イエス・キリストの名によって歩きなさい」と命じると、彼は瞬時に癒やされ、躍り上がってまっすぐに立ったのです。そして大喜びして神を賛美しながら飛んだり跳ねたりしながら、一緒に宮に入って行きました。この男を見て仰天した人々が集まって来ました。

いのちを与える「イエスの御名」 

ペテロはチャンスを逃さず、男の癒しとイエスとの関連性について説明します(3:12~16)。

父祖たちの神が計画され、預言者たちが語った通り、神のしもべ・イエスの受難の死が実現した。
神はイエスを死者の中からよみがえらせて、栄光をお与えになった。
この男は、イエスの御名を信じる信仰によって癒やされ、完全なからだにされた。

ペテロは続けます。

「あなたがたは指導者たちと同様に、神の御計画と預言に対し無知だったので、いのちの君を拒み、扇動されて異邦人に引き渡し、犯罪者として殺させてしまった。しかしイエスの身代わりの死は神の御計画であった。だから今、悔い改めて、罪を拭い去っていただきなさい。(3:17~19)」

「イエスはモーセが言及した預言者であり、神が遣わされたこのイエスに聞き従わない者は、民の中から滅ぼし絶やされる。歩けなかったこの男は御名を信じて完全なからだにされたが、御名を信じない者は裁かれる。だから契約の子孫であるあなたがたは、イエスの御名を信じて邪悪な生活から立ち返りなさい。(3:22~26)」

メシアが来られたら、足の萎えた者が鹿のように飛び跳ねるとイザヤ35:6に預言されていました。ペテロは「イエスの御名がこの男を癒やした。イエスをメシアと信じ、永遠のいのちを受けなさい」と説いたのです。

イエス様はかつて、ご自分にはいのちを与える権威と、全ての人を裁く権威が与えられていると言われました。

ヨハネ5:25~29
 まことに、まことに、あなたがたに告げます。死人が神の子の声を聞く時が来ます。今がその時です。そして、聞く者は生きるのです。それは、父がご自分のうちにいのちを持っておられるように、子にも、自分のうちにいのちを持つようにしてくださったからです。また、父はさばきを行う権を子に与えられました。子は人の子だからです。
このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、子の声を聞いて出て来る時が来ます。善を行った者は、よみがえっていのちを受け悪を行った者は、よみがえってさばきを受けるのです。

イエス様はまた、ご自分がすべての御使いたちを伴って来られ、栄光の座に着く時、すべての国の人々を集め、羊と山羊をより分けるように人々をより分けると言われました。「永遠のいのちを受け取って神の国に入ることのできる羊」と、「ゲヘナの火の刑罰を受けて永遠の滅びに入る山羊」です(マタイ25:31~45)。

イエスの御名の権威によって病が癒やされるのなら、主が実際に来られた時には、死者をよみがえらせ、いのちを与えることがおできになるのです。

イスラエル民族の悔い改めとイエスの再臨

さらにペテロは、主が再臨される為にはイスラエル民族が悔い改めなければならないと説明します。

使徒3:19~21
そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。それは、主の御前から回復の時が来て、あなたがたのためにメシアと定められたイエスを、主が遣わしてくださるためなのです。このイエスは、神が昔から、聖なる預言者たちの口を通してたびたび語られた、あの万物の改まる時まで、天にとどまっていなければなりません。

アブラハムの子孫であるイスラエル民族が悔い改めるなら、回復の時が来てメシア・イエスが天から遣わされ、万物が改まり、神の国が始まるのです。

当時の民衆は、ローマ軍を追い出してイスラエルの独立を勝ち取る、力強い王としての救い主を求めていました。イエス様は神の小羊として民の贖いを成し遂げるため、苦難のしもべとして来られたので、十字架で死んだ贖い主は民衆に理解されませんでした。
しかし復活して天に帰られたイエス様は、今度は死に勝利した神の国の王として、世界の救い主として来られます。

長年待ち望んでいたイスラエルの救い主、ダビデ王の子孫として生まれ、神の国の王として全世界を治めるイエス様は、イスラエルが民族的に悔い改めて主を呼び求める時まで再臨されないのです。

ペテロの教えを聞いて悔い改め、イエスを信じた人は、男だけで5000人になりました。

3.イエスの御名に敵対する者たち

救いを妨げる偽宗教指導者たち

ペテロが民衆に語った場所はソロモンの回廊です。そこは、イエス様がかつて民衆を教え、パリサイ人やサドカイ人たちと対決された場所でした。

 パリサイ人は律法の教師ですが、神の教え・戒め以上に「人間の教えと先祖の言い伝え」を重視し、それを守るように民衆に押し付け、守れない者を罪人と蔑みました。そして自分たちは守っているから復活後は神の国で高い地位に着くのだと自負し、またメシアは自分たちの中から現れると考えていました。
ですから、自分たちの教えを批判し、癒しや悪霊追い出しや多くの奇跡を行って民衆に人気のあったイエス様を嫉み、安息日破りの罪人、悪霊の力で癒やしていると中傷したのです。イエス様はそんな彼らを「偽善者、まむしの子、お前たちはゲヘナの刑罰を逃れられない」と非難されました。

 サドカイ人は神殿祭儀に関わる宗教特権階級です。大祭司一族は神殿で商売する利権団体と化し、民衆から搾取していました。イエス様は、「わたしの父の家を強盗の巣にしている」と彼らを非難されました。
彼らはまた、霊的なことには興味がなく、御使いや復活を信じていませんでした。イエス様を陥れようとして「7人兄弟の妻だった人は復活後、誰の妻になるのか」と質問し、「そんな質問をするのは、聖書も神の力も知らないからだ」と主にやり込められました。彼らは自分たちの愚かさや罪深さを悟らず、自分に救い主が必要であるとは考えていませんでした。

金儲けや地位・プライドという自分の偶像に仕え、神から離れて御言葉を侮り、見かけは敬虔でもその実を否定する偽指導者たち。彼らのイエス様に対する憎しみは、主の弟子たちにも向けられました。

復活と御名の権威に対する敵対

ペテロが民衆に語っていると、イエス様を十字架に追いやった当の祭司たち、宮の守衛長、サドカイ人たちがやって来ました。彼らは、ペテロとヨハネが民を教え、イエスのことを例にあげて死者の復活を宣べ伝えているのに困り果て使徒4:2)、二人を逮捕しました。
彼らはかつて、「ラザロとラザロを生き返らせたイエスを殺し、生き返りはなかったことにしよう」と計画した人々です。イエス様がよみがえられた時は、報告に来た番兵たちに金を与え、弟子たちが遺体を盗んだと言わせました。ですから「復活したイエスがメシアである」と証言させるわけにはいきません。彼らは復活の事実に反対しました。

翌日、民の指導者、長老、学者たち、大祭司アンナス、祭司たち、大祭司一族が集まって裁判を開きました。そして使徒たちを真ん中に立たせて、「あなたがたは何の権威によって、また、だれの名によってこんなことをしたのか」と尋問しました(使徒4:7)。
自分たち権威者の許可もなく、誰の許可を取って語ったのか。彼らはイエスの御名の権威を否定しようとしました。彼らは救い主の御名を拒絶したのです。

この御名以外に救いの名はない

最高法院の法廷で、議員たちと集まった民衆を前に、ペテロは聖霊に満たされて語ります。

使徒4:10~12
  皆さんも、またイスラエルのすべての人々も、よく知ってください。この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石が、礎の石となった』というのはこの方のことです。この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。

イエスの御名による男の癒しはエルサレム中に知れ渡り、民衆は神を崇めていました。議員たちは現実に癒やされた人を前に使徒たちに手荒なことはできず、「今後は誰もいっさいイエスの名によって語ってはならない」と判決を下します。
ペテロとヨハネは彼らの脅しには屈せず、大胆に反論します。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」
人を恐れず神を畏れ、イエスの死と復活と再臨を語らなければなりません。

釈放された二人から話を聞いた信徒たちは、心を一つにし、迫害下にあっても福音を語り、しるしと不思議の伴う宣教ができるように神に祈り求めました。

使徒4:29~30
 「主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちに御言葉を大胆に語らせてください。御手を伸ばして癒しを行わせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行わせてください。」

そして皆が聖霊に満たされて神のことばを大胆に語り出しました。

4.聖霊の働きによって宣教が前進

聖霊のバプテスマはキリストをあかしするため

イエス様は天に帰られる前、弟子たちに聖霊のバプテスマを約束されました。エルサレムからユダヤ、サマリヤ、そして地の果てにまで彼らがイエスの証人となるためです(1:8)。神の救いの計画を語り、イエスの贖いの死と復活を証言するため、そしてイエスの御名を信じて神に立ち返り、御国を受け継ぐことができるように、悔い改めを説くためでした。

聖霊は弟子たちに、宣教の力と、反対者や迫害者にあかしする力を与えて下さいます。

マルコ13:9~11
・・・人々は、あなたがたを議会に引き渡し、また、あなたがたは会堂でむち打たれ、また、わたしのゆえに、総督や王たちの前に立たされます。それは彼らに対してあかしをするためです。こうして、福音がまずあらゆる民族に宣べ伝えられなければなりません。彼らに捕らえられ、引き渡されたとき、何と言おうかなどと案じるには及びません。ただ、そのとき自分に示されることを、話しなさい。話すのはあなたがたではなく、聖霊です

ルカ21:12~15
・・・人々はあなたがたを捕らえて迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために、あなたがたを王たちや総督たちの前に引き出すでしょう。それはあなたがたのあかしをする機会となります。・・・どんな反対者も、反論もできず、反証もできないようなことばと知恵を、わたしがあなたがたに与えます

イエス様が聖霊を通して誰も反論できないような言葉と知恵を与え、語らせてくださるのです。

聖霊によっていのちのことばを語り続ける

使徒たちが主イエスの復活を力強くあかしすると、多くのしるしと不思議が伴いました。町々から運ばれて来た病人や、悪霊に苦しめられている人はみな癒やされ、ますます多くの人々が主を信じるようになりました。

大祭司やサドカイ派の者は嫉みに燃え、使徒たちを再び拘留しましたが、夜、主の使いが牢の戸を開き、「人々にいのちのことばをことごとく語りなさい」と命じたので、彼らは夜明けから宮で教え始めました。議員たちは使徒たちを捕らえて議会で糾弾しますが、ペテロは揺るぐことなくイエスをあかしし、彼らの罪を指摘します。

使徒5:29~32
 「人に従うより、神に従うべきです。私たちの父祖たちの神は、あなたがたが十字架にかけて殺したイエスを、よみがえらせたのです。そして神は、イスラエルに悔い改めと罪の赦しを与えるために、このイエスを君とし、救い主として、ご自分の右に上げられました。私たちはそのことの証人です。神がご自分に従う者たちにお与えになった聖霊もそのことの証人です。」

使徒たちが聖霊によって語っているので、誰も反論することができません。彼らは使徒たちを殺したいほど怒り狂いますが、鞭打っただけで釈放しました。イエスの名によって語ってはならないと言い渡して。
使徒たちは怖気づいて宣教をやめるどころか、イエスの証人として辱められ、鞭打たれたことさえも喜び、その後も毎日、宮や家々で教え、イエスが救い主であると説き続けました(使徒5:41~42)。

5.大宣教命令の完遂のために

ペテロは聖霊の力に満たされて、どんな脅かしにも屈せず、ユダヤの民と宗教指導者たちに悔い改めを説き、神の御計画の実現を語り、イエスがメシアであると伝え続けました。

イスラエル民族が長年待ち望んでいた救い主はイエスである。この方が十字架で贖いを成し遂げ、救いの道を開いて下さった。
イエスはやがて再臨され、サタンの支配を終わらせて神の国をもたらし、神に立ち返った義人を永遠のいのちによみがえらせてくださる。
イエスを信じるなら、真のいのちを得て、神の国を受け継ぐことができる。

それは、どんな迫害によっても奪われることの無い喜びと希望なのです。

聖書を知り、民衆に教える立場にあった当時の宗教指導者たちの多くは、預言通りのことが目の前で実現していてもそれを悟らず、受け入れることがありませんでした。イザヤが語ったように、彼らは見ても見ず、聞いても聞かず、心で悟らず、悔い改めて罪が赦されることも、癒やされることもなかったのです。彼らは自分たちの宗教に安住し、心が神から遠く離れていました。彼らのプライドや嫉みや怒りは、真実を語る主の弟子たちに対する弾圧・迫害へと向かいました。

主の再臨前も同じことが起こるかもしれません。

モーセの書と預言者の書、詩編には、イエス様についてまだ成就していない預言が多くあります。イエス様も、黙示録を通して世の終わりのことを啓示されています。
今の時代を生きるクリスチャンは、それらの預言や主の御言葉を理解しているでしょうか?
私たちの目の前で起こっている社会現象や世界の出来事を、御言葉と照らし合わせ、この時代がどのように進んでいるのか、私たちは今どの段階にいるのか、そしてこれからの人生で自分は何をなすべきか、悟っているでしょうか?

終わりの時代は背教と惑わしに満ちた困難な時代です。世は使徒たちを憎んだように、真理と真実を語る真の聖徒たちを憎み、偽指導者たちは聖徒たちを苦しめるようになるかもしれません。主に「よくやった。忠実なしもべよ」と言われるように、御言葉を悟り、使命を果たしていきましょう!

マタイ5:10~12
義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天ではあなたがたの報いは大きいから。

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