「人の子の日」の滅びから救われる

終末論
ソドムとゴモラ ベンジャミン・ウエスト作
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イエス様はご自分の再臨に関する日々を「人の子の日」と呼び、旧約時代の出来事を引用して、その日に備えるようにと警告されました。旧約時代の「ノアの日(ノアの時代の大洪水)」と「ロトの日(ソドムとゴモラの滅亡)」の出来事は、世の終わりに起こる出来事の預言的な型(予表)となっています。

大洪水からノア一家が救出されたように、また火で滅ぼされたソドムの町からロトと娘たちが救出されたように、イエス様は、世の終わりに全世界の人々を襲う滅びから、ご自分の民を救い出してくださいます。義人は約束されていた永遠のいのちを受け、永遠の神の国を受け継ぐことになりますが、罪人は神の怒りによって滅ぼされてしまいます。再臨の日には、救いか滅びか明確に分けられてしまうのです。

主の警告されたその日はどのように起こるのか、またどのように滅びから救い出されるのか、ルカの福音書17章のイエス様の教えから学んでいきましょう。

ルカ17:22、26~35
 イエスは弟子たちに言われた。
人の子の日を一日でも見たいと願っても、見られない時が来ます。

・・・人の子の日に起こることは、ちょうど、ノアの日に起こったことと同様です。 ノアが箱舟に入るその日まで、人々は、食べたり、飲んだり、めとったり、とついだりしていたが、洪水が来て、すべての人を滅ぼしてしまいました。

また、ロトの時代にあったことと同様です。人々は食べたり、飲んだり、売ったり、買ったり、植えたり、建てたりしていたが、ロトがソドムから出て行くと、その日に、火と硫黄が天から降って、すべての人を滅ぼしてしまいました。
人の子の現れる日にも、全くそのとおりです。

その日には、屋上にいる者は家に家財があっても、取り出しに降りてはいけません。同じように、畑にいる者も家に帰ってはいけません。ロトの妻を思い出しなさい。自分のいのちを救おうと努める者はそれを失い、それを失う者はいのちを保ちます。

あなたがたに言うが、その夜、同じ寝台でふたりの人が寝ていると、ひとりは取られ、他のひとりは残されます。女がふたりいっしょに臼をひいていると、ひとりは取られ、他のひとりは残されます。」

1.「人の子の日」に起こる2種類の結末 

人の子の現れる日」とは、イエス様が目に見える姿で再臨される日のことで、「主の日」「御怒りの日」「万軍の主の日」「その日」などと表現されています。

アダムが罪を犯して神に背いて以来、人類の罪は増加し続け、地上に悪が増大し続けています。また戦争、核実験、自然災害、気象兵器などにより、地球環境も悪化し続けています。
聖書は、やがて世の終わりが来ると教えています。全世界に神の怒りが注がれ、不信者や悪人が滅ぼされ、世が裁かれる日が来ると、聖書全体を通して警告されています。

「人の子の日」には二つの目的があります。

 神に逆らい、悪を行い続ける悪人や罪人に裁きをもたらすことです。これは、御怒りの日、神の正しい裁きの現れる日(ローマ2:6)であると書かれています。
 神を信じ従う人々悪に苦しめられながらも正しく生きている人々を救い出すことです。御怒りから私たちを救い出してくださるイエスが天から来られる日(Ⅰテサロニケ1:10)であると書かれています。

イエス・キリストが自分の罪のために十字架にかかられたことを信じ、神に立ち返ったクリスチャンは、義と認められ、永遠のいのちが約束されています。「人の子の日」は、信じる私たちにとっては希望の日、約束が実現し救いが完成する日、神の国を相続する日です。
一方、神に従わず、キリストの贖いを拒否し続けた不信者にとっては、神の怒りが注がれる恐ろしい日です。 

Ⅱテサロニケ1:5~9
 ・・・あなたがたが苦しみを受けているのは、この神の国のためです。つまり、あなたがたを苦しめる者には、報いとして苦しみを与え苦しめられているあなたがたには、私たちとともに、報いとして安息を与えてくださることは、神にとって正しいことなのです。そのことは、主イエスが、炎の中に、力ある御使いたちを従えて天から現れるときに起こります。そのとき主は、神を知らない人々や、私たちの主イエスの福音に従わない人々に報復されます。そのような人々は、主の御顔の前とその御力の栄光から退けられて、永遠の滅びの刑罰を受けるのです。

主イエスが御使いたちを従えて天から現れ、主の民を苦しめる者には苦しみを、苦しめられている主の民には安息を与えてくださいます。

人の子の日は、主イエスがご自分の民を救い出し、罪人に報復される日で、救いと滅びが同時に起こります。その日、イエス様が御使いたちを従えて天から来られ、イエス様に従う者が悪人と一緒に滅ぼされてしまわないように、救い出してくださるのです。

2.突然訪れる「滅び」の日

ノアの日に起こったた大洪水による世界の裁き(創世記6~7章)と、ロトの日に起こった火と硫黄によるソドム・ゴモラの町の滅亡(創世記18~19章)は、人の子の日に起こる裁きと世界の滅びについての預言的な型となっています。

① ノアの時代――水によって滅ぼされる

ルカ17:26~27
 「人の子の日に起こることは、ちょうど、ノアの日に起こったことと同様です。 ノアが箱舟に入るその日まで、人々は、食べたり、飲んだり、めとったり、とついだりしていたが、洪水が来て、すべての人を滅ぼしてしまいました。

ノアの時代には地上に悪が増大し、人の心に計ることはいつも悪いことだけに傾いていました。そして地は神の前に堕落し、暴虐で満ち、すべての肉なるものがその道を乱していました。神は人を造られたことを悔い、地上を一掃しようと考えられました。

ノアは100年かけて箱舟を造りながら、神が世界を滅ぼす日が来るから、悔い改めて救われるようにと説きましたが、聞き入れる人はいませんでした。そしてノアとその家族が箱舟に入ると同時に、巨大な大いなる水の源がことごとく張り裂け、天の水門が開かれ、40日40夜、大雨が続きました。地上の全ての山は水に沈み、箱舟に入らなかった人も動物も死に絶えてしまいました。助かったのは事前に避難したノアの家族8人とわずかな生き物だけ。大洪水に巻き込まれたすべての肉なるものが滅ぼされたのでした。

近年、世界中でかつて経験したことのないほどの激しい豪雨災害が頻発しています。記録的な大雨や台風による河川の氾濫、土砂災害、家屋・道路・鉄道・インフラの破壊、農作物の被害。生活が破壊され、人命が失われ、食糧難もおこっています。

けれども世の終わりは、これをはるかに凌ぐ恐ろしい時代になると預言されています。ノアの時代には、突然始まった大雨と大洪水に全地が覆われ、当時の世界は滅びてしまいました。イエス様再臨の時も、そのように突然滅びが襲うと預言されています。 

② ロトの時代――火によって滅ぼされる

ルカ17:28~29
 また、ロトの時代にあったことと同様です。人々は食べたり、飲んだり、売ったり、買ったり、植えたり、建てたりしていたが、ロトがソドムから出て行くと、その日に、火と硫黄が天から降って、すべての人を滅ぼしてしまいました。

  ロトの時代には、ソドムとゴモラの町は性的罪が甚だしく、町の男たちは、町を滅ぼすために遣わされた御使いを犯そうとしたほど堕落していました。

結局、その町で義人と呼べるのはロトだけだったので、町は滅ぼされることになりました。ロトと妻と未婚の二人の娘たちは、御使いによって町から連れ出されましたが、他の住民は(嫁いでいたロトの娘たちも)天から降り注いだ硫黄と火で焼き滅ぼされ、町は灰と化してしまいました。

ロトの時代にも、思いもよらない時に大災害が襲いました。罪を犯し続け、忠告を聞いても悔い改めず、神に立ち返らなかった人々が気付いた時には、もはや手遅れだったのです。

Ⅱペテロ2:5~8
 (神は)また、昔の世界を赦さず、義を宣べ伝えたノアたち八人の者を保護し、不敬虔な世界に洪水を起こされました。また、ソドムとゴモラの町を破滅に定めて灰にし、以後の不敬虔な者へのみせしめとされました。また、無節操な者たちの好色なふるまいによって悩まされていた義人ロトを救い出されました。というのは、この義人は、彼らの間に住んでいましたが、不法な行いを見聞きして、日々その正しい心を痛めていたからです。

世の終わりには、人々は神が定めた男女の関係、性のルールにはもはや従わなくなります。神がソドムとゴモラを裁かれたのはこの性的堕落のためでした。

ユダ:7
 ソドム、ゴモラおよび周囲の町々も彼らと同じように、好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受けて、みせしめにされています。

今でも死海の近くで、燃え尽きた町々の残骸を見ることができます。

塩の柱になったロトの妻と言われる岩

③ 世の終わりに起こる天地の滅び

ペテロは、世の終わりにはロトの日のように、天地が火で焼かれると記しています。

Ⅱペテロ3: 7,9~10
 今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。・・・主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。

まだ「主の日」が来ていないのは、主が罪人の悔い改めを忍耐して待っておられるからだと書かれています。けれども忍耐の時が終わると、主は裁き主として地上に戻って来られます。それは、主を侮っていた人々にとって突然の滅びの日となります。

イエス様は再臨や世の終わりの前兆について語られた(マタイ24章、マルコ13章、ルカ21章)後、ご自分が戻って来られる時には天地にも大異変が起こると警告されました。

ルカ21:25~27
 そして、日と月と星には、前兆が現れ、地上では、諸国の民が、海と波が荒れどよめくために不安に陥って悩み、人々は、その住むすべての所を襲おうとしていることを予想して、恐ろしさのあまり気を失います。天の万象が揺り動かされるからです。そのとき、人々は、人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。

3.人の子の日にどのようにして救い出されるのか

大災害や天変地異は地上に住むすべての人に臨みます。では、人の子の日に、主の民はどのようにして救い出されるのでしょうか。創世記にあるロトの救いと、ヨシュア記にあるラハブの救いは、主の日に私たちの身に起こることを暗示しています。

① ロトに遣わされたふたりの御使い

ロトをソドム・ゴモラの裁きから救い出したのは御使いでした。

町の現状を調べた御使いたちは、ロトだけが正しい人であると確認しました。そしてロトと妻と未婚のふたりの娘に、町から逃げ出すように促しますが、ロトは躊躇していました。嫁いだ娘たちが、一緒に町を出ようとしなかったからです。

創世記19:16
 しかし彼はためらっていた。すると、その人たちは彼の手と彼の妻の手と、ふたりの娘の手をつかんだ。──の彼に対するあわれみによる。そして彼らを連れ出し、町の外に置いた。

はロトをあわれみ、御使いを遣わして町から連れ出してくださいました。御使いはロトに、立ち止まることなく命がけで逃げるように命じ、ロトが小さな町に逃げ込むまで待ちました。その後ではソドムとゴモラの上に天から硫黄の火を降らせ、全住民を滅ぼしてしまいました。主は全地を襲う滅びから、ご自分の選びの民を救い出されます。

ジョン・マーティン作 「ソドムとゴモラ」

② エリコの滅びとラハブ一族の救い

ヨシュアに率いられたイスラエル軍のエリコ攻撃とラハブ一族の救いも、人の子の日に起こる滅びと救いを示す型となっています。ヨシュアはヘブライ語でイェシュア、イエス様と同じ名前です。

遊女ラハブは、エリコを偵察しに来たイスラエルのふたりの斥候を追っ手からかくまい、窓から逃がしました。その見返りとして、イスラエル軍がエリコに攻め込む時、自分と親族の者たちを助けてくれるように願いました(ヨシュア記2章)。

イスラエル軍はヨルダン川を渡り、主の命令に従ってエリコの町の周りを7日間行軍しました。7日目に7度回り、角笛を吹き鳴らし、時の声を上げると城壁が崩れ落ちたので、町に攻め込みました。この時、ヨシュアが遣わしたふたりの斥候がラハブの家に行き、集まっていたすべての親族を町から連れ出しました。

町中で戦いが繰り広げられ、町の住民が滅ぼされていきます。その脇をすり抜けるようにして、ラハブたちはふたりの斥候に守られて町から逃げ出したのです。そしてイスラエルの宿営の外にとどまり(6章)、戦いが終わると、イスラエルの民に加えられました。

③ 主の日に御使いが遣わされる

ロトは、御使いによってソドム・ゴモラの町から連れ出され、他の町に逃げ込んで命を救うことができました。ラハブは、ヨシュアが遣わした斥候によってエリコの町から連れ出され、イスラエルの宿営のそばで守られました。

人の子の日には、神の怒りが全地に注がれます。地上には逃げ込めるような安全な場所はありません。主は、私たちを救い出すために御使いを遣わしてくださいます。

マルコ13:24~27
 だが、その日には、その苦難に続いて、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。そのとき、人々は、人の子が偉大な力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。そのとき、人の子は、御使いたちを送り、地の果てから天の果てまで、四方からその選びの民を集めます。

マタイ24:31
 人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。

主が来られる時、大きなラッパの響きとともに、御使いたちが世界中に遣わされ、主の民が悪人と一緒に滅ぼされないように地上から救い出し、主のもとに連れていきます。
地上には逃げ場がないので、私たちは御使いによって空中へと引き上げられます。これが携挙と言われるものです。

Ⅰテサロニケ4:16,17
 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

その日、終わりのラッパが鳴って、死んでいた信者の復活と生き残っている信者の栄化(不死の栄光のからだに変えられる)が起こり(Ⅰコリント15章)、救いが完成します。

4.主の再臨の日を喜び迎えるために

  救いの完成、永遠のいのち、御国の相続は、イエス様の再臨によって実現します。そして、罪や悪、病や死のない神の国が地上に到来します。それは神を信じる者にとって約束の成就する喜びの日です。一方、神に従わず悪を行っていた者たちは、御国と御国の王から退けられ、滅びが宣告されます。

 ① ノアとロトのように「残される」

ルカ17:34~35
 あなたがたに言うが、その夜、同じ寝台でふたりの人が寝ていると、ひとりは取られ、他のひとりは残されます。女がふたりいっしょに臼をひいていると、ひとりは取られ、他のひとりは残されます。

この箇所の「取られる」と「残される」の意味を理解するためには、ノアの時代、ロトの時代の出来事と合わせて解釈する必要があります。

創世記7:23
 こうして、主は地上のすべての生き物を、人をはじめ、動物、はうもの、空の鳥に至るまで消し去った。それらは、地から消し去られた。ただノアと、彼といっしょに箱舟にいたものたちだけが残った

ノアの時代に「残された」のは箱舟に乗った人々で、乗らなかった人々は地上から消し去られ(命が取られ)ました。ノアは生き残り、他の者たちは命を失いました。

創世記19:29
 ロトが住んでいた町々を滅ぼされたとき、神はロトをその破壊の中からのがれさせた

ロトの時代に滅びから「のがれ」て生き残ったのは、振り返らずに町から逃げたロトと娘たちでした。振り返ったロトの妻とソドムとゴモラの住民は、町の破壊とともに滅ぼされ(命を取られ)ました。

イザヤ1:9
 もしも、万軍のが、少しの生き残りの者を私たちに残されなかったら、私たちもソドムのようになり、ゴモラと同じようになっていた。

ミカ7:18
 あなたのような神が、ほかにあるでしょうか。あなたは、咎を赦し、ご自分のものである残りの者のために、そむきの罪を見過ごされ、怒りをいつまでも持ち続けず、いつくしみを喜ばれるからです。

残りの者」とは、神の裁きに耐えて生き残り、その後の国民の霊的な核となる聖なる民のことです。神は残りの者から再び新しい神の民を形成していかれます。

主イエスが天から下って来られる時、復活または栄化し、空中で主とお会いする者は、いつまでも主とともにいることになります(Ⅰテサロニケ4:16,17)。これが「残される者(レムナント)」で、神の国の民として御国に入ることができます。

主イエスが力ある御使いたちを従えて天から現れるとき、神を知らない人々や、主イエスの福音に従わない人々は、主の御顔の前とその御力の栄光から退けられて、永遠の滅びの刑罰を受けます(Ⅱテサロニケ1:7~9)。これが「取られる者」です。

「ひとりは残され」とは神の国の民として残されること、「ひとりは取られ」とは神の国から取り除かれることです。大艱難時代の前にひとりが携挙されて天国に行き、ひとりが地上に取り残されるという意味ではありません。

 ② 神のことばにとどまり神の国を待ち望む

神を信じていても、信仰的に眠ってしまって、その日になって慌てふためき、火の中をくぐるようにして(Ⅰコリント3: 15)かろうじて助け出される人もいることでしょう。世と共に滅ぼされることがないように、イエス様は弟子たちに忠告を与えられました。

ルカ17:31~33
 「その日には、屋上にいる者は家に家財があっても、取り出しに降りてはいけません。同じように、畑にいる者も家に帰ってはいけません。ロトの妻を思い出しなさい。自分のいのちを救おうと努める者はそれを失い、それを失う者はいのちを保ちます。」

ロトの妻は、残してきた財産や築き上げてきた生活を惜しんで後ろを振り返ったため、塩の柱になってしまいました。ロトと二人の娘たちは後ろを振り返らずに逃げたので、いのちが守られました。

「自分のいのちを救おうと努める者はそれを失い」とは、ロトの妻が象徴しているように、この世を愛し、この世での地位や名誉や財産や欲望を捨てることができず、永遠のいのちを失ってしまう(神の国に入れない)人のことです。神の国に入るために自分の財産・地位・名誉やこの世の楽しみ、肉が喜ぶ一切のものを放棄する(いのちさえ失う)者は、ロトと娘たちが象徴しているようにいのちを保つ(永遠のいのちを得る)ことができます。

パウロは、主の日は突然臨むと語っています。

Ⅰテサロニケ 5:2~3
主の日が夜中の盗人のように来るということは、あなたがた自身がよく承知しているからです。人々が『平和だ。安全だ』と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません。

ひとたび陣痛が始まると、子供を生み出す最後の瞬間まで、中止したり、逃げ出したりすることはできません。主の再臨にまつわる出来事が始まるなら、中断されることなく最後まで完全に成し遂げられるのです。

まとめ

ノアの時代に大洪水が襲ったように、そしてロトの時代に天から火と硫黄が降り注いだように、「人の子の日」は世の終わりに生きるすべての人に突然臨みます。その日が始まるなら、すべてのことが終わるまで突き進み、救いか滅びかが確定するのです。

旧約時代の預言者たちも「主の日」について何度も預言し、悔い改めを迫りました。彼らは当時の人々に預言しただけでなく、終わりの時代に生きる私たちのためにも預言したのです。イザヤはこのように書いています。

イザヤ13:9~13
 見よ。の日が来る。残酷な日だ。憤りと燃える怒りをもって、地を荒れすたらせ、罪人たちをそこから根絶やしにする。天の星、天のオリオン座は光を放たず、太陽は日の出から暗く、月も光を放たない。わたしは、その悪のために世を罰し、その罪のために悪者を罰する。不遜な者の誇りをやめさせ、横暴な者の高ぶりを低くする。わたしは、人間を純金よりもまれにし、人をオフィルの金よりも少なくする。それゆえ、わたしは天を震わせる。万軍のの憤りによって、その燃える怒りの日に、大地はその基から揺れ動く。

主の日には、罪人たちは根絶やしにされ、悪者は罰せられ、残される人間は「純金よりもまれ」「オフィルの金よりも少なく」なります。ですから、終わりの時代に生きる私たちは、イエス様の警告を真剣に受け止め、心してその日に備えてまいりましょう。

ルカ21:33~36
 この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。あなたがたの心が、放蕩や深酒やこの世の煩いのために沈み込んでいるところに、その日がわなのように、突然あなたがたに臨むことのないように、よく気をつけていなさい。その日は、全地の表に住むすべての人に臨むからです。しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。

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