神の御計画に生きたマリアとヨセフ、エリサベツとザカリヤから学ぶ

キリストの地上生涯
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神の子を養い育て、公生涯に送り出すという重大な使命のために人生を捧げたマリアとヨセフ。また、主の先駆者バプテスマのヨハネの両親、ザカリヤとエリサベツ。二千年前のイスラエルで、救い主を待ち望み、神からの召命に応答した人々はどんな信仰を持っていたのでしょうか。終末時代に生き、再臨の主を待ち望む私たちも、主の御計画に仕え、自分の使命を果たすために心を備えていきましょう。

1.神の約束と神の奇跡を信じた二人の母

① マリア:謙遜かつ大胆、召命に人生を捧げた小さな勇者

マリアが超自然的に救い主を授かると信じて、自分を捧げることができたのはなぜでしょうか。

マリアの受胎告知については、ルカの福音書1:26~38に記されています。御使いガブリエルがナザレという村に住むマリアを訪問し、「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます」と言うと、マリアはひどく戸惑い、何のあいさつかと考え込みます。

ルカ1:30~33
すると、御使いは彼女に言った。「恐れることはありません、マリア。あなたは神から恵みを受けたのです。見なさい。あなたは身ごもって、男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。その子は大いなる者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また神である主は、彼にその父ダビデの王位をお与えになります。彼はとこしえにヤコブの家を治め、その支配に終わりはありません。」

御使いは未婚の処女に、「喜びなさい(おめでとう)。あなたは神の一方的な恩寵によって、イスラエルの王、救い主の母となるために選ばれたのです」と告げました。マリアという名前は「高められた人高貴」を意味します。小さな村に住む十代の少女が、救い主の母に高められるというのです。

生まれる子どもの名前はイエス、ヘブライ語でイェシュア、「主は救い」という意味です。その子は大いなる者となり、「いと高き方=神である主の子」と呼ばれ、ダビデの王位に着く方です。その王は永遠に生き、その支配は終わることなく、「ヤコブの家(イスラエル王国)」は永遠に続きます。
マリアは約束されていた「ダビデの子」、ダビデの子孫であるメシアを生むことになると告げられたのです。メシア誕生は、イスラエル民族が長い間待ち望んでいた神の約束でした。

かつて神様は預言者ナタンを通して、ダビデ王の子孫に永遠の王国)を確立させると約束されました。

Ⅰ歴代誌17:11~14
あなたの日数が満ち、あなたが先祖のもとに行くとき、わたしはあなたの息子の中から、あなたの後に世継ぎの子を起こし、彼の王国を確立させる。彼はわたしのために一つの家を建て、わたしは彼の王座をとこしえまでも堅く立てる。わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。わたしの恵みを、わたしはあなたより前にいた者から取り去ったが、彼からはそのように取り去ることはしない。わたしは、わたしの家とわたしの王国の中に、彼をとこしえまでも立たせる。彼の王座はとこしえまでも堅く立つ

世継ぎの子はソロモン王のことではなく、後の子孫であるメシアを指します。永遠に続く「彼の王国」と「一つの家」は、ルカ1:33では「ヤコブの家」となっています。神とその世継ぎの子は父と子の関係にあり、その方は「わたしの家とわたしの王国」、つまり神の家と神の王国でとこしえに王座に着かれます

ダビデ王の子孫として生まれたイスラエルの王神としての尊厳と本質を持つ神の子永遠に続く神の国の王、それがメシアです。異邦人の支配下で喘いでいた民衆は、メシアが現れて民族を解放してくださることを待ち続けていたのです。

ルカ1:34~37
マリアは御使いに言った。「どうしてそのようなことが起こるのでしょう。私は男の人を知りませんのに。」御使いは彼女に答えた。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる子は聖なる者神の子と呼ばれます。見なさい。あなたの親類のエリサベツ、あの人もあの年になって男の子を宿しています。不妊と言われていた人なのに、今はもう六か月です。神にとって不可能なことは何もありません。」

聖霊がマリアに臨み、いと高き方の力がおおうと、生物学的な受精という方法によらずに、マリアの胎内に超自然的にいのちが宿ります。永遠の昔から存在される神ご自身が、小さな胎児となってマリアに入り、普通の人間と同じように成長するのです。
マリアは、神は人の理解の及ばない奇跡の御わざをなさると信じました。

ルカ1:38
 マリアは言った。「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」すると、御使いは彼女から去って行った。

主のしもべ主のはしため」は、神の選びによって神との契約関係に入れられ、神に属し、神に仕え、神のために働く者です。神様が自分を通してイスラエル民族に対する約束を実現されるとは、畏れ多く身に余る光栄です。マリアは聖書の預言御使いの御告げを信じ、民族の救いと祝福をもたらす尊い使命を神の恵みとして謙虚に受け止めました。

② エリサベツ:聖霊の恵みにより、主の御計画を担うもう一人の母  

マリアは親戚のエリサベツに会うために、ユダの町にある祭司ザカリヤの家に行きます。不妊のエリサベツが神の力によって妊娠したことを確かめ、御使いの言葉をエリサベツと分かち合いたかったのでしょうか。

ルカ1:41~45
 エリサベツがマリアのあいさつを聞いたとき、子が胎内で躍り、エリサベツは聖霊に満たされた。そして大声で叫んだ。「あなたは女の中で最も祝福された方あなたの胎の実も祝福されています。私の主の母が私のところに来られるとは、どうしたことでしょう。あなたのあいさつの声が私の耳に入った、ちょうどそのとき、私の胎内で子どもが喜んで躍りました。主によって語られたことは必ず実現すると信じた人は、幸いです。」

マリアの声が聞こえた時、エリサベツの胎内にいたバプテスマのヨハネが反応しました。ヨハネは、既にマリアの胎内に宿っておられたイエス様を聖霊によって感知し、喜んだのでしょう。ヨハネは母の胎にいる時から聖霊に満たされていると預言されていました。

ヨハネが喜んだのでエリサベツも聖霊に満たされ、喜びの声を上げました。マリアが何も言わないうちに、そしてマリアに妊娠の兆候もないうちに、エリサベツは聖霊によって啓示を受け、マリアを「祝福された方」と呼び、「あなたの胎の実も祝福されている」「私の主(メシア)の母が来られた」と語り、マリアが救い主を身ごもっていると証言しました。


マリアはエリサベツの言葉によって、自分が超自然的に救い主を宿していることを確認しました。主によって語られたことは必ず実現するのです。

ルカ1:46~55 マリアは言った。「私のたましいは主をあがめ、私の霊は私の救い主である神をたたえます。この卑しいはしために目を留めてくださったからです。ご覧ください。今から後、どの時代の人々も私を幸いな者と呼ぶでしょう。力ある方が、私に大きなことをしてくださったからです。その御名は聖なるもの、主のあわれみは、代々にわたって主を恐れる者に及びます。・・・主はあわれみを忘れずに、そのしもべイスラエルを助けてくださいました。私たちの父祖たちに語られたとおり、アブラハムとその子孫に対するあわれみをいつまでも忘れずに。」

マリアも聖霊に導かれて告白しました。待ち望んでいた救い主が、卑しい(身分の低い)自分から生まれてくださるとは、なんという幸いでしょうか。マリアは自分の人生に働き、自分を用いてくださる主に感謝を捧げました。

父なる神様は医療の未発達な二千年前、小さな村に住む社会的身分の低い、おそらくまだ十代の少女に、御子の尊い命を委ねられました。世界の創造主であり全能の神であるイエス様は、人類を救うために無力な赤ちゃんとなって、出産・育児経験のない幼い母親から生まれ、貧しい家庭で育てられるのです。それは、神様がアブラハムと子孫たちをあわれみ、身分の低い者や貧しい者を救い出して下さるためでした。人間的な言い方ですが、罪人である人間にご自身のいのちを委ねられたイエス様は、なんと偉大な信仰をお持ちなのでしょうか!
マリアは主の御計画を知り、自分の人生の目的を受け取りました。

マリアはそのまま3か月間エリサベツと暮らします。出産まで彼女を助け、その間、自分の身体の変化を体験して妊娠を確認し、生涯を捧げてメシアの母として生きる決心を固めたことでしょう。エリサベツは先輩の妊婦としてマリアを教え、またマリアの心に寄り添い、励ましたことでしょう。

2.救済史を動かしたヨセフの決断と献身 

マリアは婚約者のヨセフに、妊娠の事実と自分の使命を理解してもらわなければなりません。ヨセフが自分の子どもとして胎の子を養育してくれなければ、この重大なミッションを果たすことはできません。

① 「ダビデの子」のいのちを救うヨセフの決断

マタイ1:18~19
 イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。夫のヨセフは正しい人で、マリアをさらし者にしたくなかったので、ひそかに離縁しようと思った。

ヨセフもマリアもナザレという小さな村に住んでいたので、二人は互いをよく知り、また地域の人々も彼らの婚約を知っていたでしょう。ですから未婚のマリアが妊娠したという噂が広まるなら、本人たちだけでなく、胎児のイエス様にとっても深刻な事態を引き起こします。

婚約は結婚と同じ法的効力があり、同居していなくても夫婦と見なされます。もし婚約中の女性が別の男性によって妊娠すれば、その不祥事は公にされ、女性がその男と一緒に石打ち刑で殺されることもあります。そうなれば、胎児のイエス様のいのちもありません。

聖霊によってメシアを身ごもったという話は、ヨセフにはとても信じられなかったことでしょう。ヨセフは周囲にマリアの妊娠を悟られないうちに、離婚状を渡して秘かに離縁しようと考えました。
心優しいヨセフはマリアと胎児が殺されることを望まず、マリアは子供の父と結婚するべきだと考えたのかもしれません。あるいは、正しい人ヨセフは、処女ではない女性との結婚を禁じる律法を犯してまで、マリアと結婚しようとは思わなかったのかもしれません。

マタイ1:20~25
彼がこのことを思い巡らしていたところ、見よ、主の使いがに現れて言った。「ダビデの子ヨセフよ、恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。」

御使いが夢でヨセフに現れ、マリアの話が事実であり、しかもその子は民を罪から救う方、メシアであると告げ、マリアを妻とするように命じました。

聖書では人を特定する時に実父の名前をつけて「○○の子△△」と呼びますが、御使いはヨセフより数十代前の先祖ダビデの名を引用して、「ダビデの子ヨセフよ」と呼びかけました。
ダビデの子メシアの代名詞で、イエス様はダビデの子です。ダビデの子ヨセフという表現は、ヨセフとメシアの関係を暗示すると同時に、ヨセフ自身が救いの働きに関わるという意味も感じられます。

イエス様の系図はマタイ1:1~16ルカ3:23~38に書かれています。
マタイは、アブラハムからダビデ⇒ソロモン⇒…ヤコブ⇒ヨセフに至る系図を記し、ヨセフはヤコブの子で、マリアの夫であると記しています。ルカは、ヨセフはエリの子で、エリからナタン⇒ダビデ⇒…アブラハム⇒…アダム⇒神と遡って記しています。

マタイによるとヨセフはダビデの子ソロモンの子孫になり、ルカによるとヨセフはダビデの子ナタンの子孫ということになります。二つの系図がありますが、一つはイエス様の血統的な系図(母マリアの系図)を示し、もう一つは法的な系図(養父ヨセフの系図)を示していると考えられます。

ヨセフはイエス様の肉の父ではありませんが、もしヨセフがマリアを妻とするなら、ヨセフは法律上マリアの子どもの父となり、子どもはマリアとヨセフの両方の系図でダビデの子孫と認められます。マリアがダビデの子孫である男性と結婚しなかった場合、生まれた子どもはダビデの子(メシア)の資格を失います。

マリアの胎の子が「ダビデの子」と認められるためには、ヨセフが父親となる必要がありました。ヨセフという名前の意味は「主は加えたもう」です。ヨセフの系図にイエス様が子として加えられ、ヨセフは妻マリアの父の子として系図に加えられたのです。
ヨセフは御使いの啓示によって、メシア誕生がダビデの子孫である自分に委ねられていることを悟りました。

② 父ヨセフの献身が預言を成就させる

マタイ1:22~25
 このすべての出来事は、主が預言者を通して語られたことが成就するためであった。「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。
ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れたが、子を産むまでは彼女を知ることはなかった。そして、その子の名をイエスとつけた。

ヨセフがマリアを娶ると決めたのは、神の約束と預言者の言葉(イザヤ7:14)を信じていたからでしょう。「神が人となって処女から生まれ、民とともに住まわれる」という預言です。その男の子は「神であり人である方」です。神であるイエス様がマリアを通して世に来られ、人間の肉体を取って民の間に住まわれるのです。

ヨセフはマリアを支え、生まれた子を守り養い、神に協力して救い主を世に送り出すという使命に献身しました。そして出産するまでマリアと肉体関係を持つことはなく、産まれた子を正式に自分の子と認知しました。彼は夫としての自分の願いを満たすことより、神の目的のために自分を捧げたのです。

ヨセフとマリアは住民登録のために出身地のベツレヘムに行き、正式に夫妻として登録され、イエス様が誕生されました(ルカ2:4~5)。ベツレヘムはパンの家という意味で、「いのちのパン」であるイエス様が生まれるのにふさわしい町です。また、ベツレヘムはダビデ王の出身地です。当時ユダヤを治めていたのはイドマヤ人のヘロデ王。途切れてしまったイスラエルの王家を復興するために、イエス様がダビデ王の子孫としてダビデの町でお生まれになったのです。

家族はそのままベツレヘムで2年ほど生活したと考えられます。

東方の博士たちがイエス様ご家族の住むを訪問し、「ユダヤ人の王」を礼拝した後、御使いが夢でヨセフに現れ、ヘロデ王がイエス様を殺そうとしているので、エジプトへ逃げるようにと伝えました。ヘロデ王が2歳以下の子供を殺させたことから、イエス様はすでに2歳くらいになっておられたと考えられます。ヨセフが御使いの示しに即座に従い、夜のうちに母子をつれてエジプトに逃れた(マタイ2:13~15)ので、幼いイエス様のいのちが守られました。

ヘロデが死ぬと、主の使いが夢でヨセフに現れ、イスラエルに戻るように告げたので、ヨセフは家族を連れてイスラエルに戻ります。ヘロデの息子、残虐なアルケラオがユダヤ地方を治めており、ヨセフはベツレヘムに行くのを恐れ、夢でも警告されたので、家族はガリラヤ地方に行き、ナザレに住みました。こうしてイエス様はナザレ人と呼ばれることになりました(マタイ2:19~23)。

イスラエルでは、幼い頃から子供に御言葉を覚えさせ、子どもの信仰を養い、神に従う人生を教えるのは父親の役目です。子供は13歳でバル・ミツヴァ(成人式)を迎え、大人と一緒に会堂で礼拝し、神に仕えることを始めます。
ヨセフが12歳のイエス様を連れて、過ぎ越しの祭りのためにエルサレムに上ったことが記録されています。過ぎ越しの祭りに参加することは、成人男性に定められた掟でした。ヨセフは、イエス様が成人式を迎える前に祭りと神殿での礼拝に参加させ、神に仕えるための備えをさせたのです。

ヨセフについての記録はそこで途切れているので、もしかしたら早死にしたのかもしれません。遅くとも、イエス様が公生涯を始める時にはすでに亡くなっていたようです。

ヨセフは神の約束を信じ、メシアを待ち望む正しい人で、御使いの指示に即座に従い、神の御心に忠実に仕えました。父親として家族を守り、生活を支え、子どもたちを養育し、将来メシアとなるイエス様に御言葉を教えて信仰を養い、神との関係を築くことができるように導きました。イエス様がメシアとして公生涯に入られ、人類の贖いが実現するために、ヨセフは自分の人生を捧げたのです。

3.預言する祭司ザカリヤ:「いと高き方の預言者・ヨハネ」の父

メシアの初臨に備え、預言成就のために用いられたもう一組の夫妻はバプテスマのヨハネの両親です。

 ザカリヤの意味は「主は覚えたもう」、エリサベツは「主は誓い」という意味で、夫妻の名前を合わせると「主は誓いを覚えておられる」となります。主はイスラエルの民への誓いを覚えておられ、この夫妻を通して、救い主の道備えをする預言者を送り出されました。
夫妻はアロンの子孫であり、夫ザカリヤは祭司です。二人とも神の前に正しく歩み、主の全ての命令と掟(律法)を落ち度なく守り行っていましたが、エリサベツは長い間不妊でした。

二人とも年を取っていたので、もう子供を持つことはできないと諦めていたかもしれませんが、主はザカリヤの祈りを覚えておられ、神様はこの夫妻に特別な御計画を持っておられたのです。

ザカリヤの属するアビヤの組が祭司の務めの当番になり、彼が宮(聖所)で香をたいていると、御使いガブリエルが現れて言いました。

ルカ1:13~17
 「恐れることはありません、ザカリヤ。あなたの願いが聞き入れられたのです。あなたの妻エリサベツは、あなたに男の子を産みます。その名をヨハネとつけなさい。その子はあなたにとって、あふれるばかりの喜びとなり、多くの人もその誕生を喜びます。その子は主の御前に大いなる者となるからです。彼はぶどう酒や強い酒を決して飲まず、まだ母の胎にいるときから聖霊に満たされ、イスラエルの子らの多くを、彼らの神である主に立ち返らせます。彼はエリヤの霊と力で、主に先立って歩みます。父たちの心を子どもたちに向けさせ、不従順な者たちを義人の思いに立ち返らせて、主のために、整えられた民を用意します。

ヨハネという名前の意味は「主は恵み深い」です。ヨハネは恵みの時代の始まりを告げるために、主に先駆けて遣わされました。エリヤの霊と力で活動することは、旧約聖書の最後のマラキ書に預言されていました。

マラキ4:5~6
 見よ。わたしは、の大いなる恐るべき日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、この地を聖絶の物として打ち滅ぼすことのないようにするためである。

イエス様が「女から生まれた者で、バプテスマのヨハネよりも優れた者はいない」と言われたように、旧約時代の義人たちの中でも、ヨハネは最も偉大な使命のために、いのちが始まる前から選ばれていたのです。

御使いの言葉を信じなかったザカリヤは、子どもが生まれて割礼を施す日まで口がきけなくなりましたが、「子供の名前はヨハネである」と文字で表明すると、すぐに口が開かれ、聖霊に満たされて神を賛美しました。そして、イスラエルの神はアブラハムに誓われた契約を覚えておられ、預言者たちを通して語られたとおりに、ダビデの家から救い主を起こし、全ての敵から救ってくださると預言しました。また息子ヨハネについても預言しました。

ルカ1:76~79
 幼子よ、あなたこそいと高き方の預言者と呼ばれる。主の御前を先立って行き、その道を備え、罪の赦しによる救いについて、神の民に、知識を与えるからである。これは私たちの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、曙の光が、いと高き所から私たちに訪れ、暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、私たちの足を平和の道に導く。

神様は、イエス様の公生涯の開始に先立つ先駆者として、民を悔い改めさせ、メシア来臨に備えさせる「いと高き方の預言者」を派遣する計画を立て、ザカリヤ夫妻を選び、長子出産の時を決めておられました。ヨハネは神の目的と御計画に従って、イエス様の生まれる半年前に誕生しました。神の御計画は時が来ると明らかにされ、完全なタイミングで実現するのです。

ですから、ザカリヤ夫妻は神の時を待ち続けなければなりませんでした。彼らは正しい心で主に仕え、主に信頼して祈り続け、祈りの答えを受け取りました。ヨハネ誕生は、親の願いをはるかに超えた、全人類に対する神の恵みの御計画によることです。聖書には記されていませんが、夫妻は、息子に与えられた召命が実現するように、最善を尽くしてヨハネを育てたに違いありません。

4.主の再臨を待望し、召命に生きる

マリアとヨセフ、エリサベツとザカリヤは、神の約束を待ち望み、正しく歩んだ人々です。救い主を世に送り出すという神の御計画の中で、救い主とその預言者を生み育てるという召命に応え、喜んですべてを捧げました。そこには多くの犠牲と労苦があったでしょう。

イエス様が誕生された当時のユダヤ人たちは、ローマ帝国の支配、貧困、宗教的圧力など、人の努力では解決できない苦しみの最中にありました。その困難な時代に神の子が送られ、イエス様ご自身が人の悲しみや労苦を体験され、罪の下で苦しむ人々のために深いあわれみを持って十字架の御業を成し遂げ、救いの道を開いて下さいました。人間的には絶望的な状況に神が介入し、「曙の光が、いと高き所から訪れ、暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、平和の道に導いて」くださったのです。

私たちの生きている終わりの時代は、ますます悪がはびこり、人々の愛が冷めていく時代です。生活環境の悪化、病死者や自殺者の増加、生活様式が変わり、個人の自由が制限され、人間関係が阻害され、経済が破綻しかけています。これからますます不法がはびこり、背教が起こり、神に従う者たちは迫害され、大きな患難が訪れると考えられます。

主を信じる私たちは神の御計画を知っているので、時代がどのように進もうとも、私たちの救いの完成と最終的勝利を確信しています。
ですから、やがて再臨されるイエス様に希望を持ち、自分に与えられている働きを忠実に行い、使命を果たしていきましょう。救い主が全ての人を救うために罪の贖いを成し遂げてくださったこと、やがて再臨され、御国の王として永遠に世界を治められること、その時、主を信じる者たちは不滅の体に変えられて永遠の御国を相続することを、人々に伝えていきましょう。

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