苦難を通して受け継がれる神への信仰

礼拝メッセージ
この記事は約16分で読めます。

クリスチャン生活を送っていく中では、必ずしも良いことだけではなく、時には災いや苦しみに遭うことがあります。すると、「神様助けてください」と問題の解決、苦しみからの解放を祈ります。すぐに祈りが応えられることもあれば、何日も祈って、ようやく祈りが応えられたということもありますが、結局望むような応えが与えられず、何か祈りが聞かれない原因があるのではとか、祈りが足りないと自分を責めたりすることがあります。或は、災害のように人間の力ではどうすることもできない場合、神様なぜですかと、やるせない思いを訴えつつも、現実を受け入れるしかないこともあります。今日はルツ記の1章から、苦難の中でも神への信仰を貫き通す信仰者の姿について、そして、その信仰は受け継がれるということについて考えます。

聖書箇所 ルツ記1:1-5

1:1 さばきつかさが治めていたころ、この地に飢饉が起こった。そのため、ユダのベツレヘム出身のある人が妻と二人の息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにした。
1:2 その人の名はエリメレク、妻の名はナオミ、二人の息子の名はマフロンキルヨンで、ユダのベツレヘム出身のエフラテ人であった。彼らはモアブの野へ行き、そこにとどまった。
1:3 するとナオミの夫エリメレクは死に、彼女と二人の息子が後に残された。
1:4 二人の息子はモアブの女を妻に迎えた。一人の名はオルパで、もう一人の名はルツであった。彼らは約十年の間そこに住んだ。
1:5 するとマフロンとキルヨンの二人もまた死に、ナオミは二人の息子と夫に先立たれて、後に残された。

1.ルツ記の概要と背景

1節から5節にはこの話の状況が簡潔にしかも、淡々と書かれていますが、中身に入る前に、背景や当時の状況について抑えておきます。

ルツ記について

イスラエルでは毎年シャブオット(7週の祭り)の時にルツ記が会堂で朗読されます。この日はモーセがシナイ山で神から十戒をはじめとする律法(み教え)を授かった日とされています。キリスト教会では聖霊が降臨したペンテコステの日です。ルツ記の出来事が大麦の収穫の頃(ペサハ/過越しの祭り)から小麦の収穫の頃(シャブオット/7週の祭り)であることと、話の中心が律法に基づいた買い戻し(贖い)に関することであるため、この祭りの時に読まれるのでしょう。

ルツ記には誰が書いたのか定説はありません。しかし、話の結末で出てくるペレツの系図には、ダビデが出て来るので、ダビデ王が即位した後、つまりサムエルの死後にダビデ家に関係のある人物が書いたのではないかとの説が有力です。

登場人物について

1章で出てくるのは、ユダのベツレヘム出身のエリメレクとその妻ナオミ、長男のマフロンと次男キルヨン、長男の嫁でモアブ人のルツ、次男の嫁で同じくモアブ人のオルパ。更に、2章以降で出てくるのが主人公の一人、エリメレクの親類のボアズ、そして、このボアズとルツの間に生まれた子オベデです。ルツ記の結末で、このオベデがダビデの父であるエッサイを生んだとなっていて、ダビデにいたる系図が、ユダの子ペレツの系図(4:18)として記されています。

しかし、この系図では、エリメレク一家が出て来ないのと、女性が出て来ないので、それらを含めて、ルツとユダ族の関係で系図を作ってみました。また、人物の名前には生まれた時の状態や血筋の他、預言的な意味が含まれることがあるので、主な登場人物の名前を並べて見るだけでもストーリーが見えることがあります。

ナオミとは、「喜び」、「快い」の意。夫エリメレクは「私の神は王」の意。長男マフロンは「病気がち」。次男キルヨンは、「虚弱」、「やつれる」の意。この兄弟は生まれた時の状態が良くなかったのでしょう。ルツは「友」。異邦人でありながらイスラエルの友となったルツ記の内容を象徴しています。オルパは、「首の後ろ」、「うなじ」という意味で、そこから派生して“強情”、“拒否する”の意です。ボアズは、「力の中に」、「強さの中に」の意。ベツレヘムの有力者です。そして、後にボアズとルツとの間に生まれるのがオベデで、「しもべ」、「礼拝者」の意。オベデはナオミ一家を養い、支える者となります。(ルツ記の登場人物とキリスト信仰者の対比については、こちらを参照)

マタイの福音書によれば、ボアズの父はサルマ、母はラハブです。サルマはユダ族で、出エジプトしたイスラエルの民が城壁の町エリコを攻略する時、ヨシュアがスパイとして潜入させた2人のうちの1人です。ラハブは、そのスパイ2人をかくまったエリコの遊女です。彼女は、カナン人と思われます。その彼女はイスラエルの民が出エジプトした時、【主】が紅海を二つに分けたこと、その後イスラエルの民がエリコにやってくる途中で、強大な力を誇っていたアモリ人の2人の王シホンとオグを聖絶したことを聞き、イスラエルの民を恐れるとともに、イスラエルの神【主】が真の神であることを信じました(ヨシュア記2:9-11)。そして、その信仰により、命がけで2人のスパイをかくまったのでした。その結果ラハブ一族は救われ、ラハブはその信仰が義と認められました。(ヘブル11:31)

ここで覚えておきたいことは、このラハブがボアズの母親だということです。ボアズにしてみれば他国人の血が自分の中にも流れていて、他国人に対する偏見やネガティブな感情は無かったのではないかということです。

モアブについて

そして、もう一つ覚えておきたいことは、エリメレク一家が身を寄せたのがモアブの地ということ、そして息子たちの嫁となったのがモアブ人の娘、ということです。

モアブの地はベツレヘムから見ると死海を挟んでその東南に位置する緑豊かな草原地帯です。

モアブ人はアブラハムの甥ロトの子孫です。
創世記19章に書かれていますが、ロト一家は死海の南ソドムの町に住んでいましたが、神が汚れたこの町を火と硫黄で滅ぼす寸前、み使いによってロトと妻とロトの娘二人が連れ出されました。ロトの妻は逃げる途中で後ろを振り返り、塩の柱となりました。ロトと2人の娘は、近くの町ツォアルに逃げ込み、その後山地へ移り住みますが、そこで長女の計略で父ロトによって子を設けました。その子がモアブ(「父によって」の意)、モアブ人の先祖となりました。同様に次女によって生まれたのがアンモン人の先祖となりました。

この2つの民族は、イスラエル民族と親類関係にある民族ですが、ルツ記の時代には、「ケモシュ」や「モレク」など、子供をいけにえとしてささげる忌むべき偶像礼拝を行っていました。出エジプト後、モーセに率いられたイスラエルは、神の命令により、近縁にあたるエドム人(ヤコブの兄、エサウの子孫)、遠縁にあたるモアブ人、アンモン人とは戦いを避け、彼らの土地を迂回して、約束の地へ向かったのでした。

その途中、モアブの地を迂回した時、当時のモアブの王バラクは預言者バラムを使いイスラエルを呪おうとしました。ところが、バラムは【主】からの命令を受け、逆にイスラエルを祝福しました。しかし、その後バラムはモアブの娘らをそそのかし、イスラエルの民を性的に誘惑し、バアル偶像礼拝に引きずり込みました。その結果、神罰により2万4千人が剣で倒れました。(民数記25章)
この時の教訓で、モーセは申命記で次のように命じています。

申命記23:3-4

23:3 アンモン人とモアブ人は【主】の集会に加わってはならない。その十代目の子孫さえ、決して【主】の集会に加わることはできない。
23:4 これは、あなたがたがエジプトから出て来た道中で、彼らが・・・バラムを雇って、あなたに呪いをもたらそうとしたからである。

以降、モアブ人は主の集会から除外されました。そのような中で、エリメレク一家はモアブの地へ行ったのでした。

当時の社会

1:1で、「さばきつかさが治めていたころ」とあるので、この時はヨシュアの後の時代、「士師」と呼ばれる「さばきつかさ」が民を治めていたころです。
モーセやヨシュアのような民全体を治めるリーダーはおらず、【主】から御声を聞いて民を導く預言者もいない時代です。民は、モーセが残した律法(み教え)に従うよりは自分の考えを優先していたのでした。

士師記24:25 「イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと思うことを行っていた」

このような中で、ルツ記の話になります。

2.ナオミとルツの信仰

苦難を経て故郷へ戻る

エリメレクは飢饉を逃れるため、故郷ベツレヘムを出て、緑豊かなモアブの地へ妻ナオミと2人の息子を連れて行きます。アブラハムがエジプトへ逃れたように、イサクがペリシテ人の地へ逃れたように、一家はモアブに移住します。ところが、モアブ滞在中にエリメレクは亡くなります。一家の大黒柱を失い、妻のナオミと二人の息子が残されました。

息子2人はそれぞれ、現地モアブ人の娘をめとりますが、何と息子たち2人も亡くなってしまいます。モアブの地に来て10年、ナオミに残ったのはモアブ人の嫁2人だけです。

1:6 ナオミは嫁たちと連れ立って、モアブの野から帰ることにした。【主】がご自分の民を顧みて、彼らにパンを下さった、とモアブの地で聞いたからである。
1:7 彼女は二人の嫁と一緒に、今まで住んでいた場所を出て、ユダの地に戻るため帰途についた
1:8 ナオミは二人の嫁に言った。「あなたたちは、それぞれ自分の母の家に帰りなさい。あなたたちが、亡くなった者たちと私にしてくれたように、【主】があなたたちに恵みを施してくださいますように。
1:9 また、【主】が、あなたたちがそれぞれ、新しい夫の家で安らかに暮らせるようにしてくださいますように。」そして二人に口づけしたので、彼女たちは声をあげて泣いた。
1:10 二人はナオミに言った。「私たちは、あなたの民のところへ一緒に戻ります。」

そこに、故郷のベツレヘムで「【主】がご自分の民を顧みて、彼らにパンを下さった」、つまり、飢饉が終わり、豊作になったとの知らせを聞き、ナオミは、嫁を連れて故郷に帰る決断をします。今まで住んでいた所を出て、嫁2人と連れ立って、一緒にベツレヘムに向けて出発しました(7節)。故郷ユダの地、ベツレヘムに行けば何とかなるとの希望が芽生えたのでしょう。

嫁たちへのナオミの配慮

どれほど道を進んだのかはわかりませんが、突然、ナオミが嫁2人に向かって、「自分の母の家に帰りなさい」と言い出し、別れの口づけをしました。嫁たちは声をあげて泣き出します。

ナオミは、実際に帰途についたことで、ベツレヘムに帰った時のことを考えたのかもしれません。イスラエルの民の中にモアブ人の嫁が2人入り込んで、うまく暮らせるだろうかと。
「モアブ人は10代先までイスラエルの集会から除外されている」(申命記23)ので、イスラエルの地に帰ったら再婚相手を探すどころか、社会から拒否され、迫害やいじめに遭うのではないかと恐れたのだと思います。「亡くなった者たちと私にしてくれた・・・」(8節)のことばには、本当によく仕え、尽くしてくれた、との思いが出ています。ナオミは、若い嫁2人の今後の人生を気遣ったのでしょう。

更に、「父の家に」ではなく、「母の家に」に帰れと言っています。ナオミ(義母)の所から離れ、生みの親、母親のところに帰りなさい。そして、実家(そこは異教ケモシュの地)に帰っても【主】の恵み(1:8)、平安(1:9)があるようにと祝福を祈っています。そこには、信仰が無くならないようにとの思いが込められています。

1:11 ナオミは言った。「帰りなさい、娘たち。なぜ私と一緒に行こうとするのですか。私のお腹にまだ息子たちがいて、あなたたちの夫になるとでもいうのですか。
1:12 帰りなさい、娘たちよ。さあ行きなさい。私は年をとって、もう 夫は持てません。たとえ私が自分に望みがあると思い、今晩にでも夫を持って、息子たちを産んだとしても、
1:13 だからといって、あなたたちは息子たちが大きくなるまで待つ というのですか。だからといって、夫を持たないままでいるというのですか。娘たちよ、それはいけません。それは、あなたたちよりも、私にとってとても辛いことです。【主】の御手が私に下ったのですから。」
1:14 彼女たちはまた声をあげて泣いた。オルパは姑に別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついた。

ナオミの決意は固く、「帰りなさい。娘たち。」(11節)と嫁たちを実家へ帰そうとします。そして、律法のレビレート婚の規定(申命記25章)の話をします。それは、夫が子孫を残さず死んだ場合、夫の弟か近親者が残された妻をめとり、亡くなった夫の跡継ぎを残すというルールです。亡くなったマフロンとキルヨンに続く弟がいれば、嫁たちに夫として与えられるが、ナオミには息子はもういないのです。

そして、たとえ今からナオミが息子を生んでも、その子が夫として成長するまで待つなどありえない、だから、モアブの地に帰って夫を得なさい、あなたたちが再婚できないのはわたしも辛い、と嫁たちに迫っています。苦しみの中にあっても律法(み教え)に従いつつ、嫁たちを気遣う姑の愛です。

その結果、弟嫁のオルパは、ナオミの言うことを聞き入れました。実家に帰って夫を得ることは自分にとっても良いこと(幸せ)であると考えたのでしょう、ナオミのことばに従い、別れて行きました。表面的には良いことを選んだように見えますが、モアブの実家に帰れば、そこは忌むべき偶像ケモシュの地です。【主】への信仰から離れ、偽りの宗教に戻ることになります。イエス様の種まきのたとえ話にあるように、患難にあって信仰を失うことがあるのです。

ルツの信仰告白

1:15 ナオミは言った。「ご覧なさい。あなたの弟嫁は、自分の民とその神々のところに帰って行きました。あなたも弟嫁の後について帰りなさい。」
1:16 ルツは言った。「お母様を捨て、別れて帰るように、仕向けないでください。お母様が行かれるところに私も行き、住まれるところに私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。
1:17 あなたが死なれるところで私も死に、そこに葬られます。もし、 死によってでも、私があなたから離れるようなことがあったら、【主】が幾重にも私を罰してくださるように。」
1:18 ナオミは、ルツが自分と一緒に行こうと固く決心しているのを見て、もうそれ以上は言わなかった。

弟嫁のオルパのように、自分の幸せを考えて実家に帰りなさいとナオミはルツに勧めます。
しかし、ルツはオルパとは別の反応を示しました。ルツにとっては、姑のナオミと離れることは、年老いた母親を捨てること(16節)だと言っています。絶対そんなことはしない、生涯をかけて姑について行きますと。

生活の中で培われた神への信仰

結婚によって夫と妻は生活を共にしますので、普通は同じ信仰を持つようになります。ルツはマフロンと結婚してからナオミ一家の信仰生活を共にしています。エリコの遊女ラハブのように、イスラエルの民が出エジプトをした時の神の御業を聞いていて、【主】を真の神として受け入れていたかもしれません。あるいは、毎年家で過越しの祭りを祝う中で出エジプト時の神の御業を聞いて信仰をもったのか、毎週の安息日礼拝によって、真の神【主】への信仰を深めていったのかもしれません。

更に、ナオミに対する愛情も深まっていたのでしょう。17節の「あなたが死なれるところで私も死に、そこに葬られます。」といことばは、自分の再婚は諦めて、姑ナオミに仕える決心の現れです。オルパのように故郷に帰って夫を得る幸せを放棄し、自分の人生をささげることは献身者の姿を思わせます。

16節の「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です」は、姑への愛情と【主】への信仰が合わさった非常に強い決心、立派な信仰の告白です。

当時は士師の時代です。皆が自分の良いと思うこと行う時代(士師記24:25)です。しかし、ルツは自分の幸せは脇に置いて、姑に仕えること、そして、姑の信じる神を自分の神として仕える信仰(神の国とその義)を第一にしているのです。

3.神の計画、神の時、神の方法

1:19 二人は旅をして、ベツレヘムに着いた。彼女たちがベツレヘムに着くと、町中が二人のことで騒ぎ出し、女たちは「まあ、ナオミではありませんか」と言った。
1:20 ナオミは彼女たちに言った。「私をナオミと呼ばないで、マラと 呼んでください。全能者が私を大きな苦しみにあわせたのですから。
1:21 私は出て行くときは満ち足りていましたが、【主】は私を素手で 帰されました。どうして私をナオミと呼ぶのですか。【主】が私を卑しくし、全能者が私を辛い目にあわせられたというのに。」
1:22 こうして、ナオミは帰って来た。モアブの野から戻った嫁、モアブの女ルツと一緒であった。ベツレヘムに着いたのは、大麦の刈り入れが始まったころであった。

傷心のベツレヘム帰還

振り返ると、ナオミはモアブの地に10年いました。その間に2人の息子はそれぞれモアブ人の娘をめとりましたが、2人とも子供は授かりませんでした。

ナオミはルツを従えて故郷ベツレヘムに帰ってきました。
10年ぶりに帰って来たナオミを見て、町中が騒ぎ出しますが、ナオミは自分の名前が呼ばれたことに反応して、ナオミ(「喜ぶ」の意)と呼ばずにマラ(「苦しみ」の意)と呼ぶように言います。そして『全能者』が、人知を超えた全能なる【主】が私を辛い目にあわせたと、その苦しさを訴えます。夫を失い、息子2人を失い、持っていた財産も使い果たし、素手で帰って来たのですから、これ以上ないほどの苦難です。

しかしナオミにとって、全能者なる神【主】がおられることは大前提なのです。【主】は私たちにいのちを与え、祝福してくださるが、理由は分からない苦しみに合わせることもあると、すべては全能者である神の御手の中にあることを受け入れ、苦難を事実として受け止めています。祝福してくれるから、ご利益があるから信じるのではないのです。この信仰をルツも受け継いだのでしょう。

神の計画に加えられる

ベツレヘムはヘブル語で“ベイトレヘム”「パンの家」という意味です。やがてイスラエルの王となるダビデを生み出す地、さらに言えば「天から下って来た『いのちのパン』である主イエス」を生み出すメシア所縁の地です。そのベツレヘムを故郷とするイスラエルの民に、異教の民であったモアブの娘ルツも加えられました。

22節には、「こうして、ナオミは帰って来た。モアブの野から戻った嫁、モアブの女ルツと一緒であった」とあります。“モアブの野から戻った嫁となっています。“モアブの野からやって来た嫁”ではありません。新改訳聖書以外では、口語訳聖書が“帰った”、英語のNKJVが“returned”と訳しています。ルツはすでにベツレヘムの民エリメレク家の一員となっていました。

そして、2人が帰ってきたのは大麦の刈り入れが始まった頃、つまり、ペサハ/過越しの祭りとそれに続く初穂の祭り(キリスト教会ではイースター)の頃です。そしてルツの落穂拾いは小麦の収穫(シャブオット/五旬節の祭り、キリスト教会ではペンテコステ)の頃まで続きます。

この後、マフロンの妻であったルツは、エリメレクの親類のボアズによって買い戻され、ボアズの妻となります。主の集会から退けられていたモアブ人が、信仰によってイスラエルの民に加えられたのです。

過越し~初穂の祭りは、罪の贖い=救いと復活を表しています。そして五旬節の祭りは、律法、みことばが与えられた日であり、聖霊が降った日です。聖霊は御国の民の証印です。神が定められた祭りというのは、まさに神のご計画(罪からの贖い=救い→復活→御国の相続)を象徴しています。ルツがボアズの妻とされたことは、異邦人がメシアによって救われる型となっているのです。

結び.全能者である【主】への信仰の継承

最初ルツ記を読んだ時、エリメレク一家は、なぜ仲の悪いモアブ人の地に行ったのか、何か意味があるのだろうかと疑問に思ったものです。その時、サマリヤの女のことが思い出されました。イエス様が、ユダヤからガリラヤへ戻られる時、敢えてサマリヤを通った時のことがヨハネの福音書4章に書かれています。サマリヤ人とユダヤ人は仲が悪かったので、弟子たちは何故イエス様がサマリヤを通っていくのか理解できませんでした。しかし、イエス様はまさにあの時、5回も離婚したあのサマリヤの女1人と、あの場所で出会うためにわざわざサマリヤに行かれたのでした。その結果、名もなき1人のサマリヤの女から始まってすべてのサマリヤ人に福音が宣べ伝えられました。

同じように、神である【主】はエリメレク一家をモアブの地へ送り、そこでは不幸が重なりましたが(別の見方をすれば、エリメレク、マフロン、キルヨンという犠牲の上に)、純粋な信仰を持つ娘ルツ1人を見出し、ベツレヘムに連れてこようとされたのではないかと思うのです。メシア所縁の地で、ユダ族から後に王となるダビデを起こすために“7人の息子にもまさる嫁(4:15)”が選ばれたのです。

10年間に及ぶモアブ滞在で、夫や息子2人を失うという苦難を通って培われたナオミの信仰はルツに受け継がれたのでしょう。そして、その信仰はDNAとなって、オベデへ、エッサイへ、そしてダビデへ受け継がれていったのではないでしょうか。ダビデは主君のサウルに命を狙われるという苦難の中でも、油注がれた主君に手を上げることなくひたすら耐え、神に祈り、神に解決を委ねるという信仰者の姿を貫きました。

冒頭で「ルツとユダ族(ペレツ)の系図」を紹介しましたが、これは単にダビデへつながる血筋の系図ではありません。ナオミからルツへ、ラハブからボアズへと、そしてルツとボアズからダビデへと苦難の中で【主】に信頼する信仰が受け継がれている系図なのです。

主イエスも苦難を通られました。これから受ける苦難がどのようなものかを知っておられた主イエスは、ゲッセマネの園で父なる神へ祈りを捧げています。

ルカ22:42
「父よ、みこころなら、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの願いではなく、みこころがなりますように。」

そして、主イエスは捕らえられ、ののしられ、むち打たれ、十字架の死にまで従われました。それが、私たちの罪を贖うための神のみこころだったからです。

主イエスはこの苦しみを受ける直前、弟子たちを励まされました。

ヨハネ16:33b
世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました。」

この励ましは、苦難の中にいる私たちへの励ましでもあります。
今、苦難の中にいる人は、すべては全能者の御手の中にあることを覚え、忍耐を持って、信仰に立ち続けましょう。苦難の中にも意味があり、神のご計画があります。そしてなにより、主イエスを信じる私たちには御国の約束が与えられています。

ペテロの手紙第一 1:7
「試練で試されたあなたがたの信仰は、火で精錬されてもなお朽ちていく金よりも高価であり、イエス・キリストが現れるとき、称賛と栄光と誉れをもたらします。」

コメント