ゼパニヤはバビロン捕囚前のユダ王国に預言しました。その内容は、終末時代のイスラエルと世界にも当てはまります。
前の記事では、偶像礼拝に対する厳しい裁き(1章)と、裁きを免れるための悔い改め(2章)についての預言を学びました。そして、偶像礼拝を悔い改めないイスラエルと中東諸国に対する預言を黙示録と比較し、さらに、現代の世界情勢と照らし合わせて、ガザのハマスやイスラム教国について考察しました。
イスラエルが直面してきた周辺諸国との戦いの本質は霊的戦いであり、その根底には、真の神を憎み、神の国の実現を阻止しようとする悪魔の策略があります。
今回は3章から、エルサレムの回復とイスラエルの救い、そして世界に対する神のご計画の成就について学びます。
1.エルサレムへの預言
① イスラエルとエルサレムの現状
聖書においてエルサレムは世界の中心、神がとこしえに御名を置き、とこしえに住むと言われた神の都です。
1948年にイスラエルが再建国してから、ハマス・ヒズボラ・フーシ派・イスラム聖戦・ムスリム同胞団・ISISなど、さまざまなイスラム教過激派テロ組織が、イスラエル国を滅ぼし、エルサレムをイスラム教だけの聖地とするために、攻撃を繰り返してきました。その背後で、カタールやイランが莫大な資金や武器を供与して戦争を継続させ、またイランは、聖書信仰を抹殺するためにイスラム革命とテロを輸出し、イスラエル攻撃のために核兵器や長距離弾道ミサイル開発を強行してきました。
2023年10月以来続いたイスラエルとハマスの戦争は、2年後の2025年10月、国際社会の介入により停戦に持ち込まれました。国際機関は、ガザの文民による組織立ち上げと統治、国際部隊による治安などを打ち出しましたが、ハマスはイスラエル殲滅をあきらめず、武装解除を拒否してガザを支配し続けています。そのためイスラエル軍は現在もガザに留まり、自力でハマス殲滅を目指しています。
イスラエル国民は度重なる徴兵のため職業や学業を中断し、経済は国防優先で貧困家庭の救済は後回しにされています。一方で、トーラーの学びに特化する超正統派は、経済活動を行わず、徴兵にも応じません。そして過激な右派ユダヤ人たちは西岸地区で不法な入植を進め、パレスチナ人を襲い、畑や家を焼くという事件を起こしますが、右派政治家と警察は取り締まりを怠っています。
イスラエルは基本的に聖書信仰の国ですが、ユダヤ教宗派によって考え方は様々です。オカルト的なユダヤ教、無神論者や神秘宗教を信じる者たちもいて、自分の目に良いと思うことを行い、聖書的価値観と不法が共存するという状況にあります。
そのような中で、第三神殿建設の準備が全て整い、大祭司が任命され、祭司たちは神殿祭儀の訓練を続けています。神殿の奉献で献げる赤毛の牝牛も飼育され、あとは神殿建設許可を待つのみとなりました。第三神殿建設を推し進めようとする宗教右派とアラブ人の衝突も起こっています。
② エルサレムの堕落と暴虐
終末預言から推測すると、反イスラエル勢力が戦争を放棄し、ユダヤ教国家とイスラム教諸国が平和に共存する時代が来て、ユダヤ人たちが2000年間待ち望んでいた神殿再建が実現するかもしれません。しかしその時、エルサレムは霊的に堕落し、不義がはびこると思われます。
ゼパニヤが預言した当時、宗教指導者たちは背教し、エルサレムは堕落していました。イエス様の初臨時もそうであり、再臨直前も、エルサレムは宗教的、政治的、倫理的に堕落していると考えられます。
ゼパニヤ3:1~4
3:1 わざわいだ、反逆と汚れに満ちた暴虐の都。
3:2 呼びかけを聞こうともせず、戒めを受け入れようともせず、主に拠り頼まず、神に近づこうともしない。
3:3 その都の高官たちは都の中で吼えたける雄獅子。その都をさばく者たちは夕暮れの狼。朝まで骨をかじってはいない。
3:4 預言者たちは、ふしだらで裏切る者。祭司たちは聖なるものを冒して、みおしえを冒涜する。
平和共存を求める人間的な努力と妥協の結果、エルサレムは霊的・宗教的に堕落するのでしょう。政治家たちや司法に関わる国のリーダーたち(都の高官たちや都をさばく者たち)は不正を行い、民に神の御心を語る預言者たち、神殿で神に仕える祭司たちも、御言葉を侮り、神に反逆します。そして権力と富を求める人々は悪を極め、偽りがはびこり、道徳は衰退し、民衆は虐げられ、エルサレムは反逆と汚れに満ちた暴虐の都となるようです。
エルサレムは黙示録では大バビロンと表現され、「淫婦たちと地上の忌まわしいものの母(17:5)」と呼ばれています。
黙示録11章には、聖なる都エルサレムは42か月間、異邦人たちに踏みにじられ、ソドムやエジプトのような状態となると書かれているので(11:2、8)、不品行や魔術が横行するのでしょう。
その42か月間、「竜」に権威を与えられた「10本の角と7つの頭を持つ獣」が神を冒涜し、聖徒たちに打ち勝ち、あらゆる部族、民族、言語、国民を支配するようになります(13:1~7)。その獣の像を拝まず、その獣のしるし(666)を持たない者は生活ができなくなります。その時、純粋な聖書信仰に立つヤハウェ信者は迫害され、排除されることでしょう。
③ 主の正義、裁きと救い
ゼパニヤ3:5~7
3:5 主は、そのただ中にあって正しく、決して不正を行われない。ご自分の公正を、朝ごとにくまなく照らす光とされる。しかし、不正を働く者は恥を知らない。
3:6 「わたしは諸国の民を断ち切った。その四隅の塔は荒れ果てた。わたしは彼らの通りを廃墟とした。通り過ぎる者はだれもいない。彼らの町々は荒れすたれた。人は一人もおらず、住む者もいない。
3:7 わたしは言った。『あなたはただ、わたしを恐れ、戒めを受け入れよ。そうすれば、わたしがこの都をどれほど罰しても、その住まいは断ち切られない。確かに彼らは、繰り返してあらゆる悪事を行ったが。』
エルサレムが大バビロンと化している42か月の間、神は二人の証人たちを遣わし、エルサレムに正義と公正と秩序がなされるよう、警告されます。かつてモーセとアロンがエジプトのファラオに遣わされて警告し、聞き入れないエジプトが災いで打たれたように、彼らは罪を糾弾し、神の裁きを説き、悔い改めを迫り、天を閉じて雨を降らせず、水を血に変え、あらゆる災害で地を打ちます。彼らに危害を加えようとする者たちは、焼き尽くされてしまいます(黙示録11:3~6)。
黙示録16章を見ると、エルサレムは大地震で三つに裂かれ、諸国の民の町々は倒れ(16:18~21)、住める場所ではなくなります。18章を見ると、権力と経済力を握り、魔術で全世界の人々を惑わしていた大バビロンは、一日のうちに、様々な災害と死病と悲しみと飢えに襲われ、火で焼き尽くされ(18:8)、エルサレムの裁きは一瞬にしてなされます。
しかし神の約束は、いのちの書に名前の記された義人たちを、永遠の住まい――天から降って来る新しいエルサレム――に住まわせることです。現在のエルサレムがどれほど罰せられても、主を恐れ、戒めを受け入れる民の住まいは断ち切られない(ゼパニヤ3:7)のです。
④ 主の現れの日
ゼパニヤ3:8
それゆえ、わたしを待て。──主のことば──わたしが証人として立つ日を待て。わたしは諸国の民を集め、もろもろの王国をかき集め、わたしの激しい憤りと燃える怒りをことごとく彼らに注いで、わたしのさばきを下すからだ。全地は、わたしのねたみの火で焼き尽くされる。
わたしが証人として立つ日とは、主イエスが御使いを伴って天から降って来られ、諸国民の前にその偉大な姿を現わされる時です。
預言者エレミヤの警告も、世の終わりに当てはまります。
エレミヤ21:12
ダビデの家よ、主はこう言われる。朝ごとに、公正にさばきを行い、かすめられている者を、虐げる者の手から救い出せ。そうでないと、あなたがたの悪行のために、わたしの憤りが火のように燃えて焼き尽くし、消す者はいなくなる。
黙示録11章を見ると、第7のラッパが吹かれ、主の御怒りの日が来て、地を滅ぼす者どもが滅ぼされます(11:15~19、詳細は16章)。黙示録19:11~16には、「神のことば」であり「王の王、主の主」であるイエス様が、「全能者なる神の激しい憤りのぶどうの踏み場を踏まれる」とあります。
主は神の民と神の都をどのように扱うかで諸国の民をふるいにかけます。エルサレムとイスラエル民族を滅ぼそうとする軍隊がエルサレムを取り囲む日、地上の王たちは主の激しい怒りによって裁かれてしまいます。そして彼らを扇動していた獣と偽預言者は捕らえられ、硫黄の燃える火の池に投げ込まれます(19:20)。
また「ユダヤ人」の中にも、裁かれる悪人たちがいるでしょう。黙示録2:9には、「ユダヤ人だと自称しているが実はそうではない者たち、サタンの会衆である者たち」がいると書かれています。
悪魔は偽りの父、この世は悪い者の支配下にあります。この世界には多くの不法がはびこっていて、「善を悪と言い、悪を善と言う」偽り者が人々を騙しています。主が来られたなら、義人と不法者、善人と悪人、ユダヤ民族と偽ユダヤ人、クリスチャンと偽クリスチャンを振り分け、何が真実で何が偽りか、正義と不正、事実と虚構について明らかにされるでしょう。
2.世界の回復預言
① エルサレムでの礼拝の回復
ゼパニヤ3:9
そのとき、わたしは諸国の民の唇を変えて清くする。彼らはみな主の御名を呼び求め、一つになって主に仕える。
3:9 For then I will restore to the peoples a pure language, that they all may call on the name of the Lord, to serve Him with one accord(NKJV訳).
「諸国の民の唇を変えて清くする」は、NKJV聖書によると、諸民族に1つの純粋な言語を回復させるとなっています (KJV聖書では、turn to the people a pure language)。
人類が一つの共通の話しことばで結託して神に反逆した結果、ことばが混乱して通じ合わなくなり、人々は地の全面に散らされました(創世記11章)。主が来られて神に逆らう罪人・悪人を取り除かれた後、分裂した諸国語が、再び「一つの話し言葉」になるのかもしれません。そしてバベルの塔事件の張本人・ニムロデの伝説から生み出された数々の偽の神々は滅び去り、すべての人が真の神を礼拝するようになるのでしょう。
ゼパニヤ3:10
クシュの川の向こうから、わたしに願い事をする者、わたしに散らされた者たちがわたしへの贈り物を携えて来る。
ナイル川北部のエチオピアからも、主を礼拝する人々がやって来ます。エゼキエルによると、世界中からイスラエル民族が主に仕えるためにエルサレムを訪れます。
エゼキエル20:40
わたしの聖なる山、イスラエルの高い山の上で──神である主のことば──そこで、この地にいるイスラエルの全家、そのすべてがわたしに仕えるからだ。そこで、わたしは彼らを喜んで受け入れ、そこで、あなたがたのすべての聖なるものとともに、あなたがたの奉納物と最上のささげ物を求める。
「わたしの聖なる山、イスラエルの高い山」は英語聖書では単数なので、新しいエルサレムのシオンの山であると考えられます。
ゼカリヤ8:2~3
万軍の主はこう仰せられる。「わたしは、シオンをねたむほど激しく愛し、ひどい憤りでこれをねたむ。」主はこう仰せられる。「わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実の町と呼ばれ、万軍の主の山は聖なる山と呼ばれよう。」
再臨されたイエス様が最終的に住まわれる場所は、新しいエルサレムの中のシオンの山です。聖地エルサレムをめぐる争いは終焉し、贖われた民は、永遠の神の都エルサレムで主を礼拝します。
② 御国を受け継ぐ民
ゼパニヤ3:11~12
3:11 その日、あなたはわたしに背いて行ったすべての行いのことで、恥を見ることはない。そのとき、わたしがあなたのただ中から、おごり高ぶる者どもを取り除くからだ。あなたはわたしの聖なる山で、二度と高ぶることはない。
3:12 わたしはあなたのただ中に、へりくだった、貧しい民を残す。彼らは主の名に身を避ける。
主はおごり高ぶる者どもを退け、へりくだった貧しい民を選ばれます。
ヤコブ2:5
神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富む者とし、神を愛する者に約束された御国を受け継ぐ者とされたではありませんか。マタイ5:3
心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。
(心の)貧しい者とは、自分の弱さ・罪深さ・霊的な貧しさを認めてへりくだり、神を求め、神に頼り、神を愛する人です。自分で自分を義とするのではなく、神の愛と恵みに信頼し、神の約束(救いの完成と御国の到来)を期待して待ち望む人々です。
イザヤ57:13、15
・・・わたしに身を寄せる者は、地を受け継ぎ、わたしの聖なる山を所有することができる。・・・いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名が聖である方が、こう仰せられる。「わたしは、高く聖なる所に住み、砕かれた人、へりくだった人とともに住む。へりくだった人たちの霊を生かし、砕かれた人たちの心を生かすためである。マタイ5:5
柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐからです。
柔和な者とは、神の意思に服従し、傲慢な思いを抱かない謙遜な人です。地を受け継ぐとは、新しい地、新しいエルサレムを相続することです。へりくだった貧しい人は神の御国を相続し、主の聖なる山シオンに住むことができます。
③ イスラエルの残りの者
ゼパニヤ3:13
イスラエルの残りの者は不正を行わず、偽りを言わない。その口の中に欺きの舌は見つからない。まことに彼らは草を食べて伏す。彼らを脅かす者はいない。」
イスラエルの残りの者(レムナント)とは、神の民として選ばれ、残された者です。ユダの家の残りの者(2:7)、わたしの民の残りの者(2:9)という表現でも使われています。この人々は永遠の御国の住民となります。
イエス様が「その日には一人が取られ、一人が残される」と言われた(マタイ24:40~41)のは、神の国から取り除かれる(滅びる)者と、神の国の民として残される者がいるという意味です。
「彼らは草を食べて伏す」とはどういうことでしょうか? ノアの時代以前は人も動物も草食でした。神の国では肉を食べないのかもしれません。
イザヤ4:3
シオンに残された者、エルサレムに残った者は、聖なる者と呼ばれるようになる。みなエルサレムに生きる者として書き記されている。ゼカリヤ13:8~9
全地はこうなる──主のことば──。その三分の二は断たれ、死に絶え、三分の一がそこに残る。わたしはその三分の一を火の中に入れ、銀を錬るように彼らを錬り、金を試すように彼らを試す。彼らはわたしの名を呼び、わたしは彼らに答える。わたしは『これはわたしの民』と言い、彼らは『主は私の神』と言う。」
『これはわたしの民』、『主は私の神』という預言が最終的に実現するのは、天から下って来た新しいエルサレムに神と民がともに住む時です(黙示録21:3)。主が天から来られ、エルサレムを攻める者たちを裁かれると、新しいエルサレムが到来するのです。
アブラハムとイスラエル民族に永遠に与えると言われた約束の地・カナンの地が啓示していたものは、永遠の神の都である新しいエルサレムです。
エレミヤ3:17
そのとき、エルサレムは『主の御座』と呼ばれ、万国の民はこの御座、主の名のあるエルサレムに集められ、二度と彼らは悪いかたくなな心のままに歩むことはない。
ゼパニヤも他の預言者たちも、世の終わりにイエス様が来られてすべての悪人を滅ぼし、義とされた人々が新しいエルサレムで神と共に住むようになることを預言したのです。
④ エルサレムの贖い
ゼパニヤ3:14~17
3:14 娘シオンよ、喜び歌え。イスラエルよ、喜び叫べ。娘エルサレムよ、心の底から喜び躍れ。
3:15 主はあなたへのさばきを取り除き、あなたの敵を追い払われた。イスラエルの王、主は、あなたのただ中におられる。あなたはもう、わざわいを恐れることはない。
3:16 その日、エルサレムは次のように言われる。「シオンよ、恐れるな。気力を失うな。
3:17 あなたの神、主は、あなたのただ中にあって救いの勇士だ。主はあなたのことを大いに喜び、その愛によってあなたに安らぎを与え、高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる」と。
天から現れたイエス様がエルサレムを贖われます。シオンの王であるイエス様がイスラエルとエルサレムの罪を取り除いて義とし、ただ中に住まわれるのです。エルサレム(シオン)は喜び躍り、主も高らかに歌ってエルサレムを喜ばれます。
ヨハネ16:22、33
わたしは再びあなたがたに会います。そして、あなたがたの心は喜びに満たされます。その喜びをあなたがたから奪い去る者はありません。・・・世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました。
イエス様の弟子たちは復活された主と再会して喜びに満たされましたが、再臨の主を迎える神の民は、永遠の喜びに満たされます。
イザヤ62:1~5
シオンのために、わたしは黙っていない。エルサレムのために沈黙はしない。その義が明るく光を放ち、その救いが、たいまつのように燃えるまでは。そのとき、国々はあなたの義を、すべての王があなたの栄光を見る。そのとき、あなたは新しい名で呼ばれる。主の御口が名づける名で。あなたは主の手にある輝かしい冠となり、あなたの神の手のひらにある王のかぶり物となる。
あなたはもう、「見捨てられた」と言われず、あなたの土地は「荒れ果てている」とは言われない。かえって、あなたは「わたしの喜びは彼女にある」と呼ばれ、あなたの国は「夫のある国」と呼ばれる。それは、主の喜びがあなたにあり、あなたの国が夫を得るからである。
若い男が若い女の夫となるように、あなたの息子たちはあなたの夫となる。花婿が花嫁を喜ぶように、あなたの神はあなたを喜ぶ。
「わたし」はイエス様、「あなた」はエルサレム、「あなたの国」はイスラエルです。エルサレムが義とされて栄光を現すので、主は大喜びされます。
アダムが罪を犯し、エデンの園を追い出されてから、人類は神から離れて堕落し、世界は荒廃に突き進んで行きました。
神の計画は、罪人を神の元に取り戻し、新しい永遠のパラダイスに住まわせることです。神はイスラエル民族を選び、エルサレムを「ひな型」とされました。それで悪魔は、神の計画を潰すために、イスラエル民族とエルサレムを攻撃するのです。
主はその歴史を終わらせます。今は天にある新しいエルサレムが地に降って来て、主の御座が置かれ、世界の中心となり、愛と義と平和に満ちた神の国が始まります。エルサレムは、神と民が共に住む永遠のパラダイスなのです。
3.イスラエルへの最終的約束の成就
イスラエル民族は、神がアブラハムから生み出された選びの民、祭司の王国として任命された神の宝の民です。その使命は、諸民族に真の神と神の人類救済計画を伝えること、動物犠牲を捧げて諸民族の贖罪のために執り成すことです。そのために、彼らは聖書を書き記し、メシアを産み出し、全人類を贖うために傷のない神の子羊・御子イエスを捧げたのです。
イスラエルのメシアが再臨され、人類の救いが完成し、永遠の神の国が到来します。悪魔はそれを阻止するため、異教徒やキリスト教会を通してユダヤ人を攻撃させ、メディアや国際機関を通してイスラエル非難を繰り返させてきました。
しかし、イスラエルに栄誉が与えられる時が来ます。
① 離散したイスラエル民族をエルサレムに集める
神とアブラハムとの契約は、神の一方的な選びと恵みによって結ばれた永遠の契約です。イスラエルの不義や裏切りによって破棄されることのない宗主契約であり、イスラエルは罪ゆえに懲らしめられることがあっても、最終的に神の約束を受け取ります。それは神ご自身の義と権威によります。
ゼパニヤ3:18
例祭から離れて悲しむ者たちをわたしは集める。彼らはあなたから離れていた。そしりがシオンへの重荷であった。
イスラエル民族が生後8日目の割礼と主の安息日を守り、エルサレム神殿で主の例祭を祝うことは、主が定められた永遠の契約です。例祭を守ることは喜びであり、契約の民のアイデンティです。離散している民は「来年こそはエルサレムで!」と誓い合い、強制改宗や迫害の中にあっても隠れて安息日を守り、強制収容所の中でも例祭を守ろうと努力しました。
聖書の民イスラエルは、律法を守るゆえに迫害されました。イエス様は離散していたイスラエル12部族をエルサレムに連れ帰り、御言葉通りに例祭を守り、主に仕える喜びを回復してくださいます。
② イスラエルが高められる
ゼパニヤ3:19~20
見よ。わたしはそのとき、あなたを苦しめたすべての者を罰する。わたしは足を引きずる者を救い、散らされた者を集め、彼らの恥を全地で栄誉ある名に変える。
そのとき、わたしはあなたがたを連れ帰る。そのとき、わたしはあなたがたを集める。まことに、あなたがたの目の前でわたしがあなたがたを元どおりにするとき、わたしは、地のあらゆる民の間であなたがたに栄誉ある名を与える。──【主】は言われる。」
あなたは「エルサレム(シオン)」です。あなたがたは「散らされていたイスラエル民族」です。
イスラエルを滅ぼしてエルサレムを奪おうとした者たちが裁かれ、散らされていた神の民がエルサレムに戻って来ます。これまで世界中で憎まれ、貶され、蔑まれて来た「ユダヤ人」が、神の民としての地位と名誉を取り戻し、栄誉ある名が与えられます。そして、それまでの恥辱と苦悩と不幸に変えて2倍の祝福が与えられます。
イエス様は偉大な力と栄光とともに戻って来られ、大きなラッパの響きとともに御使いたちを遣わし、地の果てから天の果てまで、選ばれた者たちを四方から集めさせます。(マタイ24:30~31、マルコ13:26~27)。主が天から現れる日、イスラエル民族だけでなく真の神を信じる諸民族も共に集められるでしょう。そして世界中の信仰のレムナント(残りの者)たちが、再臨された主のもとに集められ、新しいエルサレムのシオンの山で主に仕えます。
エレミヤ50:4~5、20
その日、その時、──主の御告げ──イスラエルの民もユダの民も共に来て、泣きながら歩み、その神、主を、尋ね求める。彼らはシオンを求め、その道に顔を向けて、『来たれ。忘れられることのないとこしえの契約によって、主に連なろう』と言う。・・・・その日、その時、──主の御告げ──イスラエルの咎は見つけようとしても、それはなく、ユダの罪も見つけることはできない。わたしが残す者の罪を、わたしが赦すからだ。」ローマ11:26~27
こうして、イスラエルはみな救われるのです。「救い出す者がシオンから現れ、ヤコブから不敬虔を除き去る。これこそ、彼らと結ぶわたしの契約、すなわち、わたしが彼らの罪を取り除く時である」と書いてあるとおりです。
諸国民がイスラエルを憎み、攻撃し続けても、主がイスラエルを守り、最終的にすべての敵から救いだしてくださいます。そして主ご自身が、契約に基づいてイスラエルの罪を取り除かれます。イスラエルの神は、イスラエルに対するご自分の約束をことごとく成就させ、ご自分が真の神であると世界に証明されるのです。

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