キリストの受難

キリストの地上生涯

信仰が揺らいでいる人に伝えたい「こんなに素晴らしい救い」 

神は人を神のかたちに創造し、被造物の世界を支配する者と定められました。御子は人として罪と死に勝利し、支配者の地位に就かれました。御子を信じる者も、栄光と誉れの冠を受け、神の似姿と身分を取り戻し、永遠の神の国で主とともに支配するのです。
キリストの地上生涯

最後の晩餐と神の国の過ぎ越し:ぶどう酒に啓示された神の救済計画

最後の晩餐で弟子たちが飲んだぶどう酒は、世の終わりの神の怒りを過ぎ越すためのキリストの血を表す「贖いの杯」です。主は婚約の方法で弟子たちと新しい契約を結ばれ、ご自分は神の怒りのぶどう酒を飲んで十字架で死なれました。神の国の祝宴で花嫁と賛美の杯を飲むためです。
キリストの受難

過ぎ越しの祭りに啓示され、最後の晩餐と十字架で実現した贖い

出エジプトで家に塗られた子羊の血は十字架で流されたイエス様の血を、焼いた羊肉はイエス様の裂かれた肉を予表しています。最後の晩餐の種なしパンとぶどう酒はキリストの肉と血の象徴です。主は神の子羊として、世の終わりの過ぎ越しのために死なれました。
十字架の奥義

十字架を予表する旧約聖書の贖い:血を流すことによる罪の赦し

旧約時代の義人たちの人生とイスラエルの動物犠牲制度には、メシアの血による罪の赦しと贖いが啓示されています。アダム・アベル・ノアは預言者・伝道者・祭司の働きを啓示し、アブラハムとイサクは、父なる神と御子イエスを予表しています。
キリストの受難

キリストの受難と過越の祭り:新しい過ぎ越しを実現する受難週の出来事

イエス様最後の1週間の出来事を種なしパンの祭りと比較します。イエス様は、罪人が世の終わりの神の怒りと裁きを免れ、神の国に入ることができるように、罪を取り除く「神の子羊」として屠られ、全人類のために新しい過ぎ越しを実現してくださいました。
クリスチャンの成長

神の国到来の幻:十字架を背負う弟子へと変貌させた変貌山での体験

主の贖いの死と復活を理解せず、互いに高ぶり、競い合っていたペテロとヤコブとヨハネ。主を裏切り、主の死に絶望した彼らが、主の再臨と神の国到来の希望を握り、命がけで福音を伝える者に変えられたのは、変貌山で見た幻の意味を悟ったからでした。
礼拝メッセージ

王であり、裁き主であり、神の御子であるイエス様が表した真の権威

御国の王として群衆に迎えられたイエス様は、いちじくの木を呪って裁きを行う権威があることを示し、宮では商売人たちを追出して宮をきよめて、宮の本当の所有者であることを示された。しかし、イエス様が本当の権威を表わされたのは十字架においてであった。
キリストの受難

キリストの受難、それは計り知れない神の愛

メシアをローマの支配からの解放者と考えていた人々には、イエスの十字架は失望。しかし、メシアは、先ず十字架で死に、罪の贖いを成し遂げた後、世の終わりに再臨し、世を裁き、御国をもたらすのが神の計画。イエスの十字架は、私たちへの計り知れない神の愛。
礼拝メッセージ

われらのミッション

弟子たちへのミッションは福音(約束のメシアの十字架と復活、そして再臨と御国)を伝えること。その働き(アクション)に欠かせないのが、滅びに向かっている人を救いたいとのキリストのパッションと聖霊の力。今、このミッションはわれらへ受け継がれている。
礼拝メッセージ

家を建てる者たちの見捨てた石

「家を建てる者たちの見捨てた石」。何やら価値のない石のようですが、イエス様は、これから起こること(十字架)を前に、ご自身をこう表現されました。そして、「それが礎の石となった」と続いています。捨てられたものが礎になるとはどういうことでしょう。